インフレーション(物価上昇)が確かなダイナミクスを持ち始めた国がいくつかある。インフレが高まれば金融市場に対して悪影響だ、という言説もありながら、実はその影響は出ていないようにも見える。果たして投資家はインフレーションを恐れるべきなのか、少しだけ考察してみたい。
目次
投資家がインフレーション(物価上昇)を恐れる理由は何か
一つには、投資のリターンをインフレーションがかき消すことを恐れている。
例えば、投資の目標リターンを5%に設定している人がいたとして、その設定理由は平均的なインフレーション(2%)を上回る水準だったとする。もし実際のインフレ率が4%だったとしたら、投資のリターンが5%でも「上出来」ではない、ということになる。
もう一つは、投資環境がインフレーションによって変わることを恐れている。例えば、低インフレであれば中央銀行は緩和的金融政策をとるのでリスク資産に対して強気になれるが、高インフレであれば中央銀行が金融引き締めに入るので、リスク資産に対して弱気になりやすい、といったことが起こるからだ。
インフレーションの程度を見極める
ひと昔前は、中央銀行は「適度なインフレーション」などという尺度を持ち合わせてはいなかった。今でもそのような尺度を持っていない中央銀行は少なくない。
2%という具体的な数字でもってインフレをターゲットにするようになったのは、米国や欧州、日本など実は先進国がほとんどである、と言える。
そして、そのいずれの国も、2%のターゲットに意図していたとおりの方法で、意図していたとおりのタイミングで辿り着いたとは言えない。
もちろんターゲットに近づきつつあった国もあるにはあるが、新型コロナでの経済的な影響がノイズとなって映る、あるいはリセットされ、そしてオーバーシュートしてしまった感すらある。
その後、「一時的なインフレは許容される」という言い方をしてみたものの、次は2%のターゲットに執着する意味も果たして本当にあるのか、実のところ誰にも分からない気がしないでもない。
とはいえ、インフレーションの程度を見極めることは重要で、「緩やかなインフレが経済成長にとっては健康的である」というのはまだ否定はされていない。
もし現実に、過度なインフレーションが進行するようであれば、中央銀行として手をこまねいているわけにはいかないのである。
インフレだけが金融市場における唯一のファクターではない
よく金融市場のトピック(=最も話題になっていること)に飛びつく人がいる。確かに、相場はトピックに応じて振らされるが、それだけで相場が動いているわけではない。
実需のフローもあれば、季節性のものもあるし、何よりトピックは移り変わる。したがって、ある一点だけを見つめていて視野が狭くなっていれば、別のトピックがいきなり現れて市場を揺り動かすであろうことは想像に難くない。ブラックスワンと呼ばれる事象はまさに典型である。
インフレは確かに様々な投資家の行動を変容させ得るので重要なファクターではある。だからといって、インフレに対する期待や失望を通じてマーケットタイミングを図ることは容易でないことは確かである。
インフレに関わらず、自分自身の持つ長期の運用計画に基づいてさえいれば、いずれマーケットの方がインフレに合わせて動いてくれるはずである。
現金を離れてインフレに対して資産を守るという発想はあったとしても、インフレに右往左往して投機的行動に陥るのだけは避けるべきである、と考えるのが良いだろう。
リスクを取りたい人と取りたくない人で行われる取引こそが金融市場が内包するリターンの源泉でもある。不確実な世の中をどの程度受け入れられるかが、長期的に見た場合の投資家としての成功を手繰り寄せることは知っておくべきかもしれない。
インフレーションをライフプランの一部として考える
先進国に住む私たちは過度なインフレを経験することは稀である。一方で、ジンバブエのようなハイパーインフレに直面する人だって地球上には存在する。
特に日本はどちらかと言えばデフレの時代が長く続いており、その感覚が強いが、イギリスや香港に住んでみるとインフレとはどのようなものであるかは少しばかり分かる。あるいは東南アジアの新興国に住んでみればもっとよく分かるかもしれない。
投資のリターンの数%を「価値ある違い」として認識する人が少ないようにインフレーションの数%も「価値ある違い」として認識するのは簡単なことではないが、長期的にそれが持続するのであれば、複利効果と同じく絶大な威力がある。
人生の先輩に聞いてみると良い、「昔の一万円札で買えたもの」はどうだったかと。あなたが今せっせと貯蓄しているその一万円ですら、数十年後にはどのような価値を持つかは分からない。
若い頃築いた貯蓄は資産寿命の長さからすればインフレに対して脆弱であり、年齢を経て築いた貯蓄はその逆でインフレに対しては相対的には強いかもしれない。
投機的でないにせよ、投資を続けて資産を増やすという行為はこの不確実性からあなたのライフプランを守ることに直結する、とは言えよう。
特に、若くして老後の対策をしようという人は、非常に慎重な考え方を持っているとは言えるが、その資産運用の中身はできれば積極的なリスクテイクであるべきということもできる。
このあたりはファイナンシャルプランナーとよく相談しながら、自分自身の考え方を整理すべきところでもある。