2022年10月19日、李行政長官は就任後初の施政方針演説を行った。ここ数年間は、混乱に対する不安の声が聞かれることも多かったわけだが、この先どのような未来を香港は描くのか、考えてみたい。
目次
海外の人材確保
人材面において、ここ数年の香港が労働人口の流出を経験したのは疑いのない事実である。母国に帰った外国人、他国に渡った外国人、香港を離れた香港人、私が知るだけでもそれなりにいる。
香港固有の問題もあったかもしれないが、とりわけ高度な技能を持つ人材については、各国で人材の獲得競争が起こっている。その中で香港がどれだけの人材を引きつけられるのか注目ではある。
香港政府が示した施策としては、
- 過去1年間の給与が250万香港ドル(約4,750万円)以上の個人や、世界トップ100位の大学を卒業して少なくとも3年間の実務経験がある人材に2年間のビザを支給
- 実務経験の要件を満たさない世界トップ大卒者も年1万人を上限にビザを支給
- 香港に定住する海外人材には初回の住宅購入時に印紙税(Stamp Duty)を還付
などである。
個人的には、ビザの要件に関して香港としての緩和は見られたものの、他国と比較して魅力的とまでは言えない気がしている。
香港での就労にあたってスポンサー企業の選定を(旅行者ビザではなく)渡航後にじっくり行えるとしたら、香港で働きたいと考える人にとってはいい機会かもしれない。
採用する側の企業にとっても、これまでは、海外の人材を採用する前に、ローカル人材を採用する試みを十分に行うことが求められていたため、その制約がなくなることは大きい。
印紙税の還付に関しては、いずれにせよ7年、つまりパーマネントビザの要件を満たす必要があり、香港に住み続けるという強い意志を持つのであれば、パーマネントビザの取得を待たずに居住用不動産を購入しやすくなるのは確かだろう。ただ、そういった実需が果たして大きいのかどうかは未知数だ。
一国二制度の堅持
海外メディアを中心に、一国二制度の形骸化が進んだとの見方は確かにあるが、国家安全法の導入後も、ビジネスを支えてきた香港基本法そのものが変更されたわけではない。
何なら、香港基本法に定める通り、独自の国家安全法の制定にいずれかの時点で取り組まなければならないことに変わりはない。諸々の意見はあろうが、現時点で一国二制度が続くことに対して中国本土もそして香港も強くコミットをしている、とは言える。
今年、香港は返還25周年を迎えたわけではあるが、香港返還50年という節目を迎えた後に香港は中国本土の法体系を踏襲する、というのは行き過ぎた主張ではある、と言える。ただ、中国本土側がその先の未来に対するスタンスを強く示すことは香港に対する信頼を高めることには繋がると思う。
公平性をきすならば、あらゆる国が法体系を抜本的に変える選択肢を持っている中で、残り25年という未来への約束を香港は背負ってしまっているという見方もできる。それは良い面も悪い面もあるし、実際良い面も悪い面もあったわけだ。呼び名はさておき、国際的には一国二制度を欲する国は多い、香港の事例は歴史的にも研究が進むことだろう。
保険業界の反応
施政方針演説を受けて、香港の保険監督庁が出したコメントによると、
「中国の五ヶ年計画では、双循環(Dual Circulation)でのスーパーコネクターの役割を香港が担うこととなっており、海外の人材を引き付けることは非常に重要である。
とりわけ、大湾区(Greater Bay Area)において頻繁に渡航を行う中国本土及び香港の居住者に対する保険の提供、大災害債券(Catastrophe Bond)のような保険リンク債券の発行への取り組み、保険契約者保護スキームの導入に向けたパブコメの実施などが注目されている。」
とのことである。原文はこちら。
香港の保険産業が非常に大きいことは他の記事においても触れているが、その中でも一般の方にとって特に重要だと思うのは、保険契約者保護スキームであると個人的には思う。
香港の保険は魅力的ではあるものの、保険会社破綻時に確実に保護される部分は厳密には存在しない。というのも、保険会社が破綻しないように健全な経営に対する監督を行なっているし、実際に経営が傾くようなことがあればその他の保険会社によって買収されるなどして、実質的に保険契約者が本来そこにあった保険という傘を失うことは起こらないことが想定されるからでもある。
ただ、より明確に保険契約者保護スキームがあった方がいい、というのは長らく議論の的であったこと、そのために資金プールを作ろうとしているのもまた事実である。この点に進展があることは期待したい。
一般の方は保険契約者保護スキームがあった方がいいか、と聞かれればあった方がいいと答えるに決まっているが、それには当然ながら費用がかかるという話でもある。
証券業界の反応
施政方針演説を受けて、香港の証券先物委員会が出したコメントによると、
「香港は世界的にも資金調達の場所として認知され、オフショア人民元のビジネスセンターとして最大であり、資産管理/リスク管理、フィンテック、サステナブルファイナンスにおいて競争力を高める。テクノロジー企業の資金調達のために上場規則を強化すること、本土と香港の相互取引スキームの拡大についてこれまでの取り組みを継続していくことを歓迎する。」
とのことである。原文はこちら。
中国本土の中には国際金融都市としても大きく成長する都市が複数があるが、決定的な違いはオフショア金融を取り扱うかどうか、である。中国本土には資本の流出入の自由がなく、香港にはある。それを踏まえて香港という場所を様々な形で利用している、というのが実態である。ファミリーオフィス、IPO、グリーンファイナンスなどは重点分野ではある。デジタル香港ドルの研究、デジタル人民元の実証実験は継続される。
香港の未来
香港にとっては新たなスタート地点でもあるが、美しい線表を引いたところで、人心を動かすかどうかは分からない。香港を取り巻く世界の情勢は刻一刻と変わっていっている。
私自身の仕事に引きつけて考えるならば、香港自体は好きではあるが、絶対に香港である必要性はないし、同時に香港を出ていかねばならないほどのっぴきならない変化があるわけでもない。金融の仕事とはそんなものなのかもしれない。
過去数十年の香港もめまぐるしく変化したと聞くし、これから先もおそらくそうである。様々な外部環境にも目を向けながら、香港生活を楽しみ、クライアントをサポートしていければ良いのではないかと思う。
過去に旅行で来て楽しかったという人も、またコロナ明けの折にふらっと立ち寄り、その変化をどう感じるのか、是非教えてもらいたい。