世界的に物価上昇(インフレ)が加速する中、資産を物価上昇から守らなければならないと焦る投資家も増えてきたことだろう。一方でセオリーにしたがって行動しても、インフレ対策になっていないと感じている人も多いのではないだろうか。そもそも資産運用におけるインフレ対策とは何かを踏まえながら解説してみたい。
目次
資産をインフレから守る必要
そもそも日本は長らく物価上昇をそれほど経験してこなかった国であるがゆえに、インフレというものが資産に与える影響について考えたことのある人は実は多くない。
インフレの意味について実感するのは、インフレが常に起こっている国に行ってみることが手っ取り早い。社会全体を動かす原動力になっていることが容易に理解できることだろう。そして、「インフレによって資産が目減りする」という、この言葉の意味について腹落ちしておく必要がある。
今あなたは1万円を現金で持っている。ハンバーガーの値段が100円だとして今なら100個買えることになる。一方、次の年にハンバーガーの値段が200円に上がるとしたらインフレ率は100%である。このとき、1年後に買えるハンバーガーの数は50個に減ることになる。もし、あなたが1年間に100個ハンバーガーを食べないといけない人なのであれば、今年は1万円あればいいが、来年は2万円必要である。つまり、ハンバーガーという物の値段が上がったことによって、同じ金銭価値による購買力は落ちた。これがインフレである。
インフレ率100%は極端かもしれないが、話を続けよう。
1年間に100個ハンバーガーを食べることがあなたの生活水準であるならば、それは放っておいてもそのままである。その生活水準を維持するには、来年には2万円が必要であることになる。さて、今のあなたは2万円を持っているとしよう。1万円は今年の生活のために使い、そのままの生活水準を維持できる。ただ、1万円を来年に取り置いていたところで来年は生活水準を切り下げねばならないことに気づくだろう。
つまり、1万円を来年のためにそのまま取り置くのではダメだ、ということであり、何とかして2万円にしてあげる必要がある。一つの解としては、今すぐにハンバーガー100個に交換し、そのまま来年にとっておくことである。
そうしたら来年はハンバーガーを100個食べられる。(が、それは保存の観点からして現実的でないことはいうまでもない。)ただ、発想としては間違っておらず、つまり、インフレに耐えるには現金ではなくモノに変換していればいいのだ、という話である。
資産をインフレから”守る”という発想について理解できただろうか。インフレ環境下では現金は価値を失うものなのである。
インフレ対策の資産運用とは
資産運用でお金を積極的に増やすことと、資産にインフレ対策を施すことは発想が異なる。したがって、やり方に関しても同じ部分と違う部分が出てくる。しばしばインフレ対策のために投資されるものについて具体的に見てみよう。
株式投資
株式はモノなのか、というと少しずれていると思うが、先ほどの例でいうところの1万円を来年には2万円に増やしていればいいのだから、株式に投資をして資産を増やすということに目が向くことになる。企業の中にはインフレ環境下で業績の良い企業とそうでない企業がいると思うが、そこまでの深い分析をする人は多くない。単に株式投資で資産が増えればインフレ対策にはなるだろう。
不動産投資
インフレ対策の代表格としては不動産投資が挙げられる。実際の物件に投資をするもよし、REIT(不動産投資信託)のような形で投資するのも考えられる。ここでふと思うのは、そもそもなぜ不動産がインフレ対策に使えるのか、であろう。もちろん現金でなくなったことは分かるが、果たしてインフレに連動しているのだろうか。答えは実はYES or NOである。
不動産投資がインフレ対策になる一番の理由は、賃料(レント)というものが、インフレの構成要素の中でも特に大きな割合を占めるからである。そもそも、恒常的にインフレが起こっている社会とは、恒常的に賃料が上がっている社会と近い、という話である。賃料が上がれば物件価格が上がることにも繋がる。
ただ、そもそも賃料はそんなに急速には上がらないし、逆にインフレを意識して賃料を上げたら住んでいる人が出ていく気もする。どの程度インフレに連動するのかは非常に曖昧な部分がある。また、インフレ環境下に陥ると、世の中の金利が上がり、住宅ローン金利も上がる。住宅ローン金利が上がれば不動産を投げ売る人が出て、不動産市況が悪化する。インフレなのに不動産価格は下がる。おや、という話である。
金投資
現金から逃避して行く先としての安全資産の代表格は金である。金ETFのような形でも構わない。金は実在するモノであり、希少価値もある。その意味ではモノに換えるという発想の最も基本的な応用かもしれない。
金を選べば上手くいく気がするが、これもなぜかインフレ環境下で価値が下がる現象が起こる。なぜか。安全資産の代表格に並ぶのは実は国債である。インフレ環境下で世の中の金利が上がるのであれば、国債は金利があってかつ安全資産ということになる。
金利のない安全資産である金と比べてどちらがいいか。国債の市況が金の市況にも影響を始めることに気づくだろう。国債の利回りが上がれば国債の価格は下がる。同じく金の価格も下がる、というわけだ。もちろん金の価格はそれだけの要因で動くわけではない。
ビットコイン
最近だと金ではインフレ対策として足りず、国家の影響も排除したビットコインこそが真のインフレ対策であるという声もある。確かにこれも政府が発行する現金から離れ、発行量の限定された暗号資産に換えている時点で、インフレ対策として強力そうだ。こういった発想は資産家からも受け入れられた面がある。
しかし、現実に起きたことは、金の値動きと似ているし、なんなら大きく値崩れを起こしてしまった。結局のところ、ビットコインは安全資産ではなくリスク資産だった面もあるのである。そもそもビットコインの変動幅はインフレよりも大きいのだからインフレと連動するというのはやや無理がある。化けの皮が剥がれたのか、そもそも暗号資産の過渡期だから理想と異なる動きをしているのかは誰にも分からない。
物価連動国債
一般に国債はインフレに弱い。なぜなら固定金利であり、インフレ環境下では、国債利回りが上昇し、国債の価格は下がるからである。ただし、物価に連動する種類の国債は存在する。その年のインフレ率に合わせて金利が決まるのだから、これほど心強いものは存在しないように思える。不動産が連動するインフレとは結局不動産によるインフレでしかないので、ガソリンの値上げと不動産賃料の値上げが直接リンクしているわけではない。
物価連動国債は消費者物価指数という社会全体のインフレ率を反映させることに強みがある。ただ、これもまた、万能ではない。なぜなら、社会には期待インフレ率と実際のインフレ率が存在し、それに合わせて国債の価格が動くからである。5年先のインフレ期待が、実際に5年後にそのまま実現する、わけではない。
外貨
一国でインフレが起こり、現金から逃げるなら、モノでなく他国の通貨でもいいのではないか、という発想はあり得る。もう一国でインフレが起こっていないのであれば、これも一見正しい。ただ、現実問題として、アメリカでインフレが起こり、日本でインフレが起こっていないとして、では日本円が選ばれて価格上昇するのかというとそういうわけではない。
世の中にはインフレ率と金利水準の差で表される、実質金利という考え方があり、外国為替はそれを反映する。そして外国為替はそれ以外の要素も考慮して総合的に動いている。単に他国の通貨に移しただけでインフレ対策になるわけではない。
インフレ下での現預金最強説の意味
さて、これだけインフレ対策を見てみて気づいたことは、何に投資をしてもインフレ対策になっているのかどうか釈然としないことかもしれない。一つだけ言えることがあるとしたら、インフレ対策はインフレが起こっていないときにするものであり、実際にインフレになってから対策しても遅いということはあり得る。
実際にインフレが起こってしまった今、あらゆる資産が下落し、もはや現預金が最強なのではないか、ということを言う人もいる。短期的にはそういう局面も当然存在し得る。リスクをとったからといっていつもいつも報われるわけではないのが資産運用である。
未来に関して様々なことを言う人はいるが、必ずといっていいほど当たった人と外れた人が出てくる。当たったら勝者で、外れたら敗者ということをやっている人の相手をしていても意味がない。当て続けることができればもちろんいいが、そういうわけにもいかないからだ。現預金が最強である、というのも一つの賭けにすぎず、では次に現預金を離れるべきタイミングがいつなのか、はっきりと答えられる人はいないだろう。誰一人として予言者ではない。
利回り目線の設定がカギ
そもそもインフレ率がここまで上がると、かなり前から予測できただろうか。その答えはNOである。数ヶ月手前になればなんとなく未来も見えようが、半年前、一年前、恐らく想定していたものと違っている。果たしてそのようなものに一喜一憂すべきなのだろうか。
もちろん一喜一憂して対処し得るものならばやりたいが、結局のところインフレだと気づいてから始めるインフレ対策に目の前のインフレ対策の意味合いは薄い。では、手遅れなのかというとそういうわけではなく、目先のインフレと将来のインフレ対策の目的を履き違えてはいけない。先にあげた資産のどれもインフレ対策としての側面がある、ことは否定できない。ただ、今インフレが起きたからただちに効果を発揮する、というものでもない。それにどのようなインフレが起こるかによってある資産はインフレ対策として機能し、またある資産は機能しない、ということが起こり得る。
できることとしては、資産運用として適度な利回り目線を持ってそれを継続することに他ならない。今年のインフレ率が10%だからといって今年の運用目標を10%以上に設定することが適切なリスクテイクであるとは言えない。資産運用は長期戦であるし、インフレの効果も長期的には大きく現れてくることになる。目先のインフレと資産運用成績にとらわれて本来あるべきポートフォリオを見失わないようにしたいものである。