2024年10月16日、李行政長官は就任から2年が経過するなかで3度目の施政方針演説を行った。2022年就任後のものとも見比べながら、今後数年間で香港に起こるであろう変化について考えてみたい。

海外の人材確保

この観点に関しては、当初からも随分ファインチューニングされている箇所であり、

  • 香港で3,000万香港ドルを投資する外国人を対象とした投資移民ビザ(CIES)について、5,000万香港ドル以上の不動産物件であれば住宅用不動産も投資対象として許可。ただしCIES上の投資額としてカウントされるのは1,000万香港ドルまでとする。また、申請者が100%株式保有する会社を通じて行われた投資は2025年3月1日以降は申請者の投資としてカウントされる。
  • いわゆるトップタレントパスの申請対象となる大学を13校追加し合計198校に、さらに初回のビザ期間を2年から3年に延長する
  • 今後不足が見込まれる、より絞ったスキルのある、専門領域の人材の獲得に関しては、既存のビザスキームを強化する。
  • 現在開発を進める北部都会区において、海外の教育機関のプログラムや研究が行える大学街を作る計画を進める。

などがある。

ファインチューニングと言いつつ緩和が続いているのでやはり香港は人不足なのだろう。幸い大学研究は世界でも優れており、その意味では卒業生が香港に残ることが現実的な解なのかもしれない。今回、もともとプロジェクトで進んでいた北部都会区の話が登場する。

一国二制度の堅持

最近も少し聞かれたが、50年の約束の後についての香港のスタンスが窺える箇所としてはこの施政方針が一番適切なのではないかと個人的には思う。現状としては、

ミニ憲法の責務に基づき、基本法23条のローカル法案を制定、愛国の原則に基づく区議会制度改革、2047年以降も土地リースが自動更新される法を制定した。

というのが直近の動き。そもそも香港の土地というのは厳密にはどこも香港政府の土地。で、2047年過ぎれば中国の土地なのか、という話は(答えは用意されていないものの)以前からある。

この動きの前提には、2022年の習近平国家主席による“4つの提案”があり、ここに関しては逆に言えばそれ以上の方向性が示されたことはない、という意味でもあるのだろう。

世間が懸念するような一国二制度を廃止しようという話が当事者から出ているということは少なくともないのである。

保険業界の反応

施政方針演説を受けて、香港保険監督庁が出したコメントによると、

「香港は、スーパーコネクターでかつ、スーパー付加価値提供者として、中国本土の企業がグローバル化し、海外企業を惹き付けるための双方向の踏み台を提供する。」

とのことである。原文はこちら

この観点は真新しい内容ではなく、既に十分大きな保険業界がさらに大きくなる伸び代の部分がリスクマネジメントにあることを日頃から発信しており、損害保険たるキャプティブや船舶保険などより幅広いリスクに備えるインフラが整うことが必要である、というわけである。

強いて新しいというか、意識されていることとすればシルバー世代=高齢者に対するプロテクションであり、公共医療システムの負荷を和らげ、大湾区と協力しつつ社会的価値を提供する、というタスクを再確認させられているようにも思う。

証券業界の反応

施政方針演説を受けて、香港証券先物委員会が出したコメントによると、

「オフショア人民元債券市場の香港での拡大、コモディティ取引や金市場の発展により、国際的な債券、通貨、コモディティハブとしての香港の地位が強化される。」

「一帯一路地域のソブリンファンドとのコラボレーション、香港株式インデックス連動ETFの中東での提供、ファンドやシングルファミリーオフィスへの税優遇拡大、ISSBスタンダード(*サステナビリティディスクロージャーのこと)の完全採用により、グローバルアセット/ウェルスマネジメントハブとしての香港の立場が加速する鍵となる。」

とのことである。原文はこちら

コモディティの話自体は以前からあったものの、金取引センターというワードを明確に出したのは個人的には新鮮味を感じた。実のところ、金の輸出入という観点では、世界最大級の市場が既にあるわけで、より物理的に金を保管する場所を提供したり、輸送を効率化したり、それに絡めたデリバティブや保険の提供環境を作る、ということに舵を切りたいようである。(これはひょっとして米ドルペッグから金ペッグへの移行の布石なのか?と考えるのは時期尚早だろう。)

あとは、とにかく中東という言葉がよく出てくる。これも私のニュースレターなどを追いかけてくださって人にとっては新しい話ではないものの、この背景に一帯一路という文脈が存在するような言い回しである。中国本土側にとっては香港が中東とのパイプ役というか、経済的連携の部分のコネクターになることを願っているのかもしれない。

その他身近なこと

もっと身近に落として変化がありそうな点だと以下等だろうか。

  • アルコール度数が30%超のお酒への税率引き下げ。輸入額が200香港ドルを超える部分について現在の100%から90%引き下げて10%にする。
  • 住宅購入者は、物件価格や自宅使用か賃貸使用かに関係なく、物件価値の最大70%の住宅ローンを組むことができ、返済比率は月収の50%まで可。
  • パンダ、競馬、ヨットを香港観光の目玉として推進する。
  • 香港国際空港の第三滑走路を年内に完成させ、2035年には処理能力が今より50%アップ。
  • 中東およびASEAN(東南アジア)からの訪問者を誘致し、空港やタクシーでアラビア語のサービスを奨励、ハラール食品を提供するレストランのリスト作成などを奨励する。
  • 沙頭角での文化エコツーリズムを推進し、沙頭角の1日あたりの訪問者数の限度枠を今年末までに3,000人に増やす。
  • 2027年半ばまでに約20万台の電気自動車充電駐車スペースを利用可能にする。

早速パンダ出てきたな、と。香港は今後もアラブ系やイスラム系が増えそうってことですよね。ちなみに沙頭角は中国本土に繋がる禁区だった場所。

香港の近未来

施政方針の内容を読み込むほどに、香港は結局のところハブとしての強みに尽きることが分かる。ヒト・モノ・カネが流れてなんぼのもの。その流れの障害となるようなものを徹底的に排除できれば都市としての成功が見えてくる。

方針自体は目玉によって何か惹き付けるというよりは、各所で地道に積み上げている課題をここで拾い上げて公表しているものにすぎない、というかそれが現在の行政の在り方でもある、というのは変わっていなさそうだ。

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