資産運用はやった方がいいのではと頭では分かっているつもりでもなかなか行動に移せていない。あるいは行動に移したものの、続いていない。そういう人は往々にして投資に躊躇をしているが、果たしてなぜなのか。いくつかの例を通じて考えてみたい。

そもそも投資をすべきなのか分からない

お金に関する意思決定というのは、投資に限らず、リスクとリターンを伴う。投資によって生じるリスクを恐らくあなたは一番気にしている。しかしよく考えてみれば「投資をしないことによるリスク」はないのだろうか。インフレーション(物価上昇)が起これば将来のお金の価値は現在のお金の価値よりも低くなる。

かの有名なアインシュタインの言う、複利という魔法を過小評価しているのではないか。そして、あなたの思うリスクを最小限にする強力な手段である、分散についても考えようともしていないのではないか。何か人生の目標があるのであれば、全てはトレードオフである。

多くの人は投資を通じてある程度のリターンを得なければ、子どもに自由な選択肢を提供できるだけの、あるいは、退職後の生活を満足させるだけのお金を貯めることなどできないことに気づいていない。投資から目を遠ざけることは、すなわちあなたが歩むべき未来から目を背けることでもある。

出遅れた。電車は駅を発った

自信のない意思決定について後悔するのは自然なことである。しかし、だからといって投資をするのに遅すぎるということはない。「今日という日は投資するのに悪い日ではない。」「明日もまた投資をするのに悪い日ではない。」今この瞬間にもあなた以外に投資を開始する人はいるし、そして投資によってリターンを得る機会は平等に与えられている。

投資のアドバイスに関して誰を信じていいのか分からない

心配は不要である。誰かを信用する必要などない。金融市場を信用すればよい。なぜなら市場が価格を決めるのであって、それはある特定の人の意思ではない。逆にいえば市場のないところで戦ってはいけない。特定の人の意思が多いに反映されるからである。

市場というのはリアルタイムで新しい情報を反映させて動いている。インターネットやテレビで伝わってくる情報というのは基本的に過去の情報である。当然のことだし、明白なことでもあるのだが、事実と意見は異なる。情報として伝わってくるものの多くはニュースなどではなく、エンターテイメントである。つまり、情報の受け手を想定して発信したものである。

もし、信用に足るご意見番が欲しいというのであれば、あなたと利害関係を共にする独立系ファイナンシャルアドバイザーを選ぶことである。

金融市場で売買をするタイミングが難しすぎる

人間誰しも取引に焦ることがある。しかし、金融市場で頻繁に取引をするのはギャンブルであって投資ではない。金融市場をカジノに見立てるのであれば、いいタイミングで株式を買い、そしていいタイミングで株式を売る。つまり、2度正しい選択をしなければならない。正しい選択はできるかもしれないしできないかもしれない。

一方、よい投資経験をする上で、マーケットのタイミングを見計らう必要は全くない。長期の投資家となることを選んだのであれば、タイミングの議論はほぼ無意味であることは言うまでもない。そう考えられたなら随分と安心する。分散された市場そのものに投資するのならば、世界の問題の解決に絶え間なく取り組む人類の叡智に投資をしているのである。

全てを失うのではないかと思って怖い

長く生きていれば、金融市場が暴落する瞬間を必ず目にする。もしそのときに分散よりも集中を行った投資ポートフォリオを持っていたなら確かに全てを失うかもしれない。しかし、十分に分散をしていたポートフォリオで、年間50%以上の損失を出したことは歴史上存在しない。しかもそれも一年を通しての話であって一夜にしてなくなることなどない。リスクはコントロールするものである。

知らないことがあるのではないかと思って不安である

不安になること自体は問題ではない。期待の裏返しだからである。現預金よりもリターンを求めるのであればそこにリスクは伴う。しっかりと稼いだお金を増やすというのは、重大な使命である。

そして不確実性は恐怖であり、不確実性がなければリターンもない。株式市場がどう動くかなど分からないし、それは人生の多くのことにも予想がつかないのと同じである。

不確実性を消し去るということは誰にもできないのであって、不確実性に向き合うことが投資のリターンとクオリティ・オブ・ライフ(QOL)にも大きな違いをもたらすだろう。いかにその不確実性に向き合うかはプランニング次第であり、ファイナンシャルアドバイザーの助けが必要である。

見聞きしたことのある企業にしか投資したくない

株式市場というのは公開取引されている企業を全て含む。どの企業も成長を促すインセンティブがある。資本市場というのは成長を促す人類の叡智であって、その叡智そのものに投資をすることは個別の企業の中から最もパフォーマンスの良いものを選び出すよりもずっと楽で見返りがよい。市場を上回らなくても十分な結果だと思えることが大切である。

次の金融危機がくるのではないかと思う

歴史を見れば、金融危機は次から次へと起こり、そして景気回復を繰り返している。それぞれの危機にはそれぞれ原因が存在し、そして毎回違った影響を受ける。しかし、危機から回復した際にはプラスのリターンをもたらしているし、そもそも危機とは予測できないから危機なのである。金融市場はいつも前向きに立ち直っているわけである。

考えるだけで頭の中がいっぱいになる

止まっているものを動かすのは動いているものをさらに動かすよりも力がいる。物理の用語でこれを慣性という。慣性は強力である。やっていないことをやり始めるのには別のエネルギーがいるのは何も不思議なことではない。

ただ、今この瞬間に少しだけ考えるだけで、将来考えることは随分少なくなる。何も行動しないことには代償が伴うが、自分で動けないのだとしたら、この分野はファイナンシャルアドバイザーとともに歩むしかない。

投資をするためのお金が十分ない

家族の未来のために投資をするのに、最少額があるだろうか。多くの人が投資に向かう最初でかつ非常に重要な一歩として貯蓄を行う。

人間は先延ばしにする癖がある。基本的には、始めることそのものに半分くらいの時間を費やす。給与の一部を貯蓄に回すということは、将来の自分に対して支払いをすることを意味する。

少額であれ、定期的にお金を取り置くことは良い習慣であり、これは健康を維持するための運動と同じである。少しずつでもやっていれば成果は必ず出てくるし、自信もついてくる。そんなに難しくないことにも気付くし、あなた自身のため、あるいは家族のために良い効果をもたらす。

今日から1万円を投資し、毎月1万円の投資を30年間続け、10%のリターンを得たならば、最終的には2000万円ほどになる。が、始めないことにはゼロのままである。

最後に

投資にはリスクがある。したがって、躊躇するのは合理的である。全く躊躇しないとしたらそれはそれで問題ありかもしれない。投資家は臆病なくらいがちょうどいい。

したがって、躊躇する自分を減点する必要はない。少しずつ考えて動く自分に加点をしてあげればよいのである。投資は自分や自分の家族のために行っている。したがって、プロセスに加点できる状態を続けていれば、結果は自ずとついてくる。

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