海外での資産管理において、必ずと言ってよいほど出てくる、「海外信託(トラスト)」というワード。しかし、その言葉を聞いて、提供されるサービスに馴染みのある人はプライベートバンク利用者であっても決して多くありません。今回は、海外信託(トラスト)の設立に関して、典型的な疑問に5つほど答えてみます。

1 そもそも何のために信託(トラスト)を利用するのか

海外で生活する、家族を養う、資産運用をする、といったありふれた日常において、海外信託(トラスト)はなかなか意識をされません。このことは、元気なうちに遺言を書く人が少ないこととよく似ています。

そう、信託とは自分自身の死後のことを想定して始めて登場するものです。ただ、遺言と同じく、死ぬ間際になって急いで考えるべきものでもありません。ここが難しいところですね。

信託の場合、信託する“資産”が先に必ずあります。したがって、もう少し正確に言うのであれば、

  • 信託設立を検討し始めるべきは資産ができたとき

だと言えるでしょう。お金持ちである必要はありませんが、資産がないことには信託はできない、ということです。

海外信託(トラスト)を利用する目的は、海外資産の管理と配分を定めることにあります。トラスト設立により、次の世代、そしてその次の世代への資産継承が容易かつトラブルの少ないものとなります。

日本人の場合、資産を“継承する”という点がまだまだ根付いてはいないようにも思いますが、欧米人の場合は、資産=家族のもの、という意識があり、資産継承についても早い段階で熱心に取り組んでいる印象です。それゆえに信託は日本よりも香港の方が一般的かもしれません。

2 海外投資をするときに信託が登場するのはなぜなのか

信託の役割は、委託者の資産に関して、生前/死後に管理することにあります。ただし、銀行のように、色んなところとお付き合いをしよう、というものでもありません。費用も安ければ年間数万円程度ですが、信託に求める役割によっては年間数百万円かかることもあります。

海外投資の場合、遺産は通常、検認裁判(プロベート)というプロセスを経て、被相続人にわたるわけですが、このプロセスには1年以上かかることが一般に知られています。ただし、信託がある場合は、プロベートは回避されます。また、遺言以上に柔軟に財産分与を指示することができます。

複数の国で複数の手段で資産を保有する場合などは、海外のどこか一箇所でまとめて管理しておきたいというニーズも生まれ、その一つの解決策として信託が登場するわけです。

3 税効率が良いのは海外法人なのか、海外信託なのか

もう少し税効率の良い場所で事業や投資をしたいと思うこと自体は自然な発想です。そうでなければ世界中の国が同じ税制を敷いているはずですから。複数の国にまたがって活動するとき、どのような形態で行うのが良いかも検討すべきです。しばしば質問が出るのは海外法人はどうしたら設立できるのか、あるいは海外信託を設立した方が良いのか、です。

日本にいても、資産管理法人などを通じて、税効率を良くしたいと考える人はいるでしょう。海外においても同じ発想はあり得ます。ただし、法制度が異なるので、日本国内以上に検討が必要であることは言うまでもありません。

投資をする上で非常に重要なのは税金ですが、投資には、利息なのか配当なのか、キャピタルゲインなのか、そしてその実現のタイミングはいつなのか、など税金に影響する要素がたくさんあります。信託を設立する国にも影響されるかもしれません。税務申告はきちんと行いたいが、どのように行うのが適切なのか、判別しきれないこともあるでしょう。

極めてケースバイケースであって、意思決定にあたってリーガルアドバイザーやタックスアドバイザーについてもらった方が良いケースすらあります。ただ、国際業務は独特の分野ですから、必ずしも適切な人物に出会えるとは限りません。

もしざっと答えることを許されるのであれば、海外で事業をしたいのであれば海外法人を、海外で資産を管理したいのであれば海外信託を、ということになりますでしょうか。当たり前といえば当たり前ですね。

4 信託を設立することで投資の幅は広がるのか

信託にも実は色々と種類があります。信託とはいわばエージェント(代理人)、あなたの分身なので、どのような範囲で何をさせるのか、を決める必要があります。信託を通じて投資をしたいのであれば、あなたが出会った信託会社がそのサービスを提供しているのかどうかを確認する必要があります。

例えば銀行で保険を売ってくれるところもあればそうでないところもあるように、信託を設立すれば投資ができるのではなく、自分が考える投資ができる信託を設立する必要があるのです。信託することは大事、でもその上で何ができるのかも大事、ということになります。上手く信託を設立できれば、投資の幅は広がる、とは言えるでしょう。

理想を言うのであれば、信託した財産について、承継される側に対する学びの機会を提供することもまた必要です。故人の意思が残されるとはいえ、可能であれば、ファミリーとして信託を適切に利用できる方が良いからです。

5 海外では信託を設立しなければいけないのか

信託と遺産相続は非常に密接に結びついています。信託とはいわば遺言書のようなもので、財産分与に関しての指示そのものになり得ます。したがって、資産が多いほど、年齢を重ねるほど、信託へのニーズは高まると考えられますが、そうでなくても、死はいつ訪れるかは分からないものですから、以下の3点からして誰しもが利用する可能性があります。

資産を増やすため

信託は脱税のスキームではありませんから、税務的かつ法律的にクリアな状態で設立を進めることになります。株式を保有する場合などは個人名などが出ないので良い、という方もいますが、かつてのオフショア法人のように、税金面での秘匿性は期待されません。信託側も国際間の共通報告基準(CRS)を守ることになっています。ただし、財産を個人で保有する場合に比べ、税金の繰り延べ効果を期待できる場合があるので、税効率を良くして、資産を増やせる可能性もあります。

資産の保全をするため

通常の相続では、財産を分配しきる、というものですが、信託した財産の場合、資産をずっと残した上で、利益部分だけを分配したりということも一つの使い方です。もちろん維持コストとの兼ね合いもありますが、ご自身が蓄積した資産を、子の代、孫の代、ひ孫の代にまでちゃんと行き渡るように面倒を見ることも信託の使い方の一つです。

争族(家族の争い)を防ぐため

遺言書はいつ書いたのか、誰に唆されて書いたのではと家族間で揉めることがあります。いや、もちろん遺言書には相応の法的効力がありますが、場合によっては効力をしっかりとは発揮しません。

信託の設立は、その過程でしっかりと証拠が残りますし、「全財産」という曖昧な言い方で信託するわけではないので、争族になることは防ぐことができます。希望する財産の行き先が家族だけに限らず、慈善団体であったりお世話になった人であったりする場合にも有効です。

また、結婚する前に築いた資産の場合、信託を設立しておけば、離婚時にトラブルになることも防げることがあります。

以上のように信託は誰にでも利用を検討する価値のあるものでありますが、逆に信託を設立しなければならないか、という点でいうと、一部は他の手段で代用することもできます。

例えば生命保険に加入すれば、死亡保険金は指定された受益人のもとに渡りますから、検認裁判(プロベート)には関わりません。普通の生命保険だと運用内容が分からなくて面白くない、という方は具体的な運用を伴う変額生命保険でも良いでしょう。また、遺言書が書いてあれば、プロベートを経たとしても、意図した被相続人の方に資産が渡ることにはなるでしょう。

最後に

ここで挙げた5つの疑問は、やってみないことには非常に分かりづらい点です。にも関わらず、財産を信託するという行為は法的には“贈与”に該当しますから、「投資をするときの書類に混ざっていて、なんとなくサインしてしまった」ということは避けたいものです。ただ、信託は契約によっては解除することもできます。

より多くの資産を持つ富裕層が信託を利用する傾向があるため、そしてどちらも資金を管理するという側面において、信託とプライベートバンクは似たようなサービスだという印象を受けやすいですが、信託とプライベートバンクは異なるサービスであり、ライセンスも異なります。

また、信託会社そのものは投資のプロではありませんから、投資アドバイザリー業務に携わる者が間に入って、投資の面倒を見るというのが一般的です。そのため、お客様の投資のスタイルによって、信託を設立した方が良いケースがあれば、信頼できる信託会社をご案内し、お客様と信託会社、そして投資アドバイザーが協力しながらアレンジをすることになります。

ちなみに、香港におけるトラストのライセンスを有する会社はこちらで確認可能ですが、どのトラストがどういう業務をしているか、またどういう顧客層を取り扱っているかはライセンスからは分からず、聞いてみるしかありません。投資アドバイザーも同じで意外と属人的です。頼めば何とかしてくれるかもしれないけれども、やっぱり専門分野というのがあるという意味で、弁護士の仕事に近い側面があるのです。

信託とのリレーションは非常に期間にわたりますから、しっかりと検討を重ね、それぞれが気持ち良く関係を築くことができるのが大切です。