2025年はついに不動産による相続税対策(一棟所有、小口化商品)が封じられる、そんなニュースが駆け巡ったわけだが、次なる節税策をどこかの誰かが編み出すことも想定できる。今後も節税封じの流れが加速すると考えていていいのか、だとしたら先を見据えて考えるべきことはなんだろうか、富裕層の悩みは尽きない。

日本の税負担は増える一方か

富裕層に限らず、近年は増税の流れを感じている人は多いと思う。実際に身の回りで起こっている変化だからだ。近い未来、その負担が軽くなるイメージをどこかの誰かは持っているのか、と言われればおそらくそんなことはない。

日本という国にいる以上、その社会を維持するための費用をそこに住む人が負担する、ただそれだけだ。その維持コストが高くなっているのだから仕方ない。払える人がより多く払うことが現実的と言われればそうかもしれない。

今はまだじんわりとした動きだから耐え忍んだとしても、その先を見据えたとき、一つの選択肢として海外移住という道を選択する人が少なからずいる。

海外に来ると楽になるのは本当か

海外移住は誰にでも薦められるものではないが、日本より税制が簡素な地域、というのは多い。アジアではその筆頭は香港やシンガポールになる。税制が簡素というのは税率が低いこともそうかもしれないが、シンプルで分かりやすいというのもある。結果として意思決定がスムーズになり、知らなかった、理解が及ばなかったという事態も回避できる。

それに、日本を飛び出して海外に来る際、多くの人は自分の身の回りのことを整理してからやってくる。したがって、本人としても、とにかく身軽になっていると言ってもいい。もちろん身軽になる過程はそこそこ大変だが、その後心機一転何か始めようと思う人がいるのも頷ける。

節税の発想が歪める意思決定

制度や規制というのは、それがなければ本来はしていたであろう意思決定を歪める効果がある。もちろんルールがあった方が社会全体のためになるからそれを導入しているわけだが、歪めていることに変わりはない。特に節税という言葉に関しては、もちろん自分の負担を減らす、という意味で魅力的に映るかもしれないが、節税にならないのであれば本当はやらなかった、というものも含まれていることが多い。その場合、節税できなくなればもちろん誰もやらない。節税はおまけ、そんなふうに考えておかないと気づいたらおかしな意思決定ばかりが残っていることになりかねない。

時代とともにしなやかに

この記事でも節税封じ、という言葉を使ってしまっているものの、そもそも制度というのは時代とともに変わっていく必要があるものである。時代の変化に対して制度の変化が追いついていないとき、そこに節税余地なるものができてしまったことに気付くかもしれない。そこに商売のチャンスもあると考える人がいて当然だ。ただ、制度の変化が追いつけばそれはなくなる運命であると言っていい。この間隙が永遠にあり続ける、という仮定自体が非現実的なのは言うまでもない。昔よりも情報はいち早く多くの人に知られ、そしてそれが顕著な動きとなるならば、間隙は埋まる。それは封じられた、と表現すべきものなのか分からない。

では、どう考えるべきか。ほとんどの局面において、資産や収入を伸ばすことはマイナスには働かない。その分より多くを税として取られるのは悔しいかもしれないが、それでもその余力がある、というのはとても大事なことである。芸がないと言えば芸がない。ただ、歪みのない純粋な発想は最終的なゴール地点をより良くしてくれる、と考えてみてはどうだろうか。

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