コロナ禍においてリモート会議が主流となるなか、過去に行ったオンラインポートフォリオ診療の事例紹介。事前に投資アセットの資料をいただき、45分程度の面談を設営。
銀行の投資口座での運用に関してなかなか良い提案が出てこないのはなぜか。個別株式ならではの悩みに触れる。
目次
事例概要
相談者(Tさん)の概要
- 年齢:60代前半
- 職業:医師
- 資産総額:約4億円
内訳
- 個別株式 5,000万円
- オフショア積立保険 1億円
- 不動産 2億円
- 現金ほか 5,000万円
Tさんは10年ほど前に友人とともに香港に渡航し、HSBCで銀行口座と投資口座を開設。合わせてオフショア積立保険にも加入し、海外での資産形成を目指した。
オフショア積立保険については、ファンドのスイッチングを他社IFAに依頼しており、現状大きな不満はない。
一方で、銀行の投資口座においても流れで気に入った香港株式をいくらか購入したものの、その後は売買をすることなく、そのままになっている。
改めて何かした方がいいのか考え、銀行支店に行ったことはある。オンラインで取引ができることもあってか、当時、具体的な株式のアドバイスは得られず、むしろ保険の購入を勧められ、少し困惑した。
管理口座でないことから他社IFAでもアドバイスを断られたが、自分で判断するのもどうかと思い、今後の方針について考える材料にしたいということで、香港株式のポートフォリオについて意見を求められたもの。
香港株式の売買
香港の銀行における投資口座では、香港証券取引所に上場している株式であれば取引が可能であり、新規株式公開(IPO)への参加もできる。
銀行口座開設のため、海外渡航者が単に預金する目的だけでは難しいこともあり、日本からはアクセスしづらい香港株式への投資目的を伝えることは少なくない。
実際には、銀行以外にも、オンラインの証券口座などでより多くの投資商品へアクセスすることが可能だが、銀行におけるリレーションシップバランスに基づく口座ステータス維持のため、という理由で何らかの投資を行うこともなくはない。
一方で、株式の売買においては銀行側にほとんど収益はないこと、また銀行員の中で必ずしも株式取引に詳しい担当者に当たるとは限らないことなどもあり、基本的には顧客側が自分の意思で取引を進めることになりがちである。
香港株式のポートフォリオ状況
Tさんの香港株式のポートフォリオ(総額HKD3mln程度)は以下のような状況であった。そもそもTさん自身は何に投資をしたのかも覚えていなかったので、当時のことも合わせて思い出してもらう。
ポートフォリオの概観
まずは投資家として確認せざるを得ないのは、全体として利益が出ているのかどうかである。これを知るためには用意してもらった最新のステートメントを見るだけでは残念ながら分からない。
なぜなら【保有株式数】【現在の株価】【時価総額】くらいしか情報がないからである。
もちろん、調べればより多くの情報を銀行から取得することはできるが、おそらく今回の相談の目的とは必ずしも合致しないので、概ねの投資時期について触れていたことを受けて、10年ほど前の株価を参照してみる。
このとき一つ分かることは、保有銘柄の中に、11年前には上場していないものがあることだ。したがって、その銘柄をIPOの後に購入していなければ辻褄が合わないので、聞いてみたところ、やはりIPOを意識して購入した記憶があるという。
これをもとに、当時の株価を取得し、大まかな損益についてまとめたものが上記である。全体としては概ね3倍となっており、利益は出たことがわかる。まずは一安心(?)とも言える。
ポートフォリオの中身
次に個別の銘柄での損益に着目してみると、大きく値上がりしたものと、大きく値下がりしたものに分けられる。
株式が非常に大きな価格のボラティリティ(変動率)を持つことはまず理解ができるが、長期で寝かすことによってこの変動幅が実現していることにも気づくべきである。デイトレーダーではこうはいかない。
もちろん騰落率は二つの時点を比較するだけであり、実際には10年間の間に様々なイベントを通じて株価は変動したことになる。もっと株価が高かった銘柄あるかと言われればあるし、もっと株価が低かった銘柄があるかと言われればこれもある。
ポートフォリオの時価総額のチャートを作って見た結果、最も利益が出ていたときで、時価総額がHKD5mlnほどであったようだ。現在はHKD3mlnなので、もっと早く売却していれば…と考えることはできなくもないが、これも今回の相談の目的ではない。
個別銘柄の分析
個別にみるにしても大きなストーリーから入っていこう。
ある一時期を過ぎて株価が見事に下落基調入りしているものがあり、ほとんど価値が残っていない。想像するに業績が悪くいつ上場廃止になってもおかしくない、かもしれない。
一般には含み損があり、今後も損失が膨らみそうなものについては“損切り”するのがよいとされるが、もはや雀の涙のような株式についてそう考えるのは果たしてどうだろうか。
もちろん何も相場が読めるわけではないが、10年放置できたということはそもそも生活には必要のなかったお金であり、それは今も変わらない。株式に投資をした時点で価値が大きく毀損されることは受け入れていたのであるから、あえて損切りをすることにこだわる意味もない。
注目すべき銘柄ではないと考え、再び放置しておけば、いつか新しい芽が出てくることも万が一にあるかもしれない。
一方で、見事に右肩上がりのチャートを形成している銘柄も見受けられる。投資した当初にそこまでの見込みについて分析をしたわけではないが、その後のニュースを紐解けば、非常に大きな事業の成功があったことは疑う余地がない。
一時的なバブルというよりは明らかに企業として成長したことが窺えるし結果として投資ポートフォリオにおける割合も大きくなっている。
10年経ったからこそできることは、その企業がなぜ成功したかであり、多くの場合は事業セグメントの拡大や、製品の販路の拡大などである。グローバルに名前の知られる企業になっていることを踏まえると、今後は安定銘柄と呼ぶことができるかもしれない。
大きく目立った動きをした銘柄以外を見渡すと、実は香港株の中にもほとんど情報が得られないものはある。英語ではなく中国語になってしまうのと、さらにはそもそも香港の企業というよりは中国の企業なので香港で得られる情報が少ない、というのも挙げられよう。
なぜそのような状態でも投資をしたのかは必ずしも分からないが、それでもよい、ということであれば、保有を継続すること自体は否定されないとも考えられる。
株式投資の基礎
株式市場の全ての参加者がプロというわけではない。株式投資は様々な投資家に開かれたオープンな市場であるからして、何らの分析をせずに投資が可能ではある。
むしろ、株式市場に上場しているというだけで、既に十分に選別された銘柄群であると考える人もいよう。それもまた一つの事実ではある。ただ、それでも上場銘柄は覚えきれないほどに存在する。
株式投資の一番のメリットは大きなリターンを見込み得ることである。成長する株式に投資ができれば特段の努力なく資産を何倍にも伸ばすことができる。債券投資では残念ながらこのようなアップサイドはない。その代わり、株式の価値はゼロになり得る。投資したお金が全てなくなるというダウンサイドのリスクも抱えることになる。
株式投資におけるこの変動幅を抑える方法はインデックス投資(分散投資)が挙げられる。
個別株式をたくさん分散して買ったところで今回のように成功と失敗が見えてしまうので、下がってきたものを売り、上がっているものを買う、といった長期投資から外れる行動に出てしまう可能性も否定できない。
インデックス投資によって、株式の選別における恣意性を排除することができる。少ない元手であればより大きなリターンを求めて個別株式に向い、より大きな投資資金であれば資産の安定性を求めてインデックスに走る、という現象が起きやすくなるのもここから理解できよう。
個別株式ポートフォリオへ行き着く人の特徴
投資は株式だという考え方があるとき
投資とはお金を稼ぐことであり、もっとも手軽なのは株式投資であり、そして最終的に行き着くのも株式投資である、という考え方を持つ人も中にはいる。
今の時代、スマホのアプリで世界中に投資ができるのだからこれを逃す手はない。FXなどに比べれば、よりしっかりと企業を見極めれば初心者から知識をつけてもそれなりには投資家としての目利きを鍛えることは可能であるといえる。運だけでなく実力も影響する、という点で株式市場はフェアかもしれない。もちろん、実力をつけるには弛まぬ努力が必要だし、その上に運の要素も当然あるのだから、成功が約束されているわけではない。
より大きなリターンを狙うとき
個別の株式投資は一般論からすればハイリスクハイリターンであるといえよう。どうせ投資をするのなら、やってよかったと言えるくらいのリターンの幅がなければ、というのも一つの考え方ではある。
もちろん株式の中にも大きく株価を伸ばすものもあれば、配当をしっかり出して株価を安定させることに重きを置く企業もある。
株式全般はリターンが狙いやすいというのは間違っていないが、何を買ってもリターンが高いというのは間違いではある。どういう目的でその銘柄に投資をするのかは本来あってしかるべきものである。
とにかく低コストで自分でやりたいとき
株式取引は複雑ではない。買いたい企業を決めて買うだけである。
近年は取引にかかる手数料も限りなくゼロに近いところまできており、投資のDIYをするにはもってこいである。それに選択肢がたくさんあるおかげで、選択の余地があり、裁量が大きいという認識をしやすいものでもある。
とにかく低コストで、そして自分の力で投資をしたい、という人がアクセスしやすいものであるのは確かだろう。
個別株式での運用戦略
今回は香港株式のポートフォリオを見たが、香港に限った話ではない。香港だからこそ買える株式というのはあり得るが、香港から世界中の株式市場で取引をすることも全く問題がない。
仮に香港在住だったとしても香港株式にこだわりすぎて、本来アクセスできる他の市場のことを忘れるのももったいない。投資機会があるところに群がるのが投資家である。そこは貪欲で構わない。
株式以上に複雑でリスクの高い商品はあるものの、株式も十分リスクの高いものである。
その割には手軽なので、独断で手を出して失敗し、いつの間にか退場する人もいるが、適切なアドバイスを受けて、本来自分が目指したい運用とは何かを決めた上で、運用戦略を構築したい。
株式市場は昔も今も投資の主戦場であること自体は揺るがない。