日本人にはなじみの薄い、海外信託(トラスト)の制度が資産承継という文脈でどのように利用されているのでしょうか。基本的なところを押さえてみます。
目次
海外信託の多様な使われ方
信託という言葉は投資信託といった用語でも馴染みのある人がいると思いますが、本来は多様な使われ方をしているものです。信託(トラスト)という言葉は同じでも、根拠となる法律は国毎に微妙な違いが存在することは知っておくべきでしょう。
信託する財産は基本的には何でも構いません。金融資産、不動産、ワイン、アートコレクション、など、そもそも個人で所有しているものですから、信託を利用して所有することに何の問題もありません。
ただ、信託を利用する目的が違えば、設定される信託も異なる、ということには留意が必要です。当然、設定される信託が異なれば、それにかかる費用も異なります。
資産承継のための海外信託
ここでは資産承継のための海外信託について話をします。投資信託などは運用会社などが利用するもので、一般の個人が自らの意思で設計を検討するものではないからですね。
資産承継に含まれるのは、死後の財産分与についてであるのは言わずもがなですが、それ以外にも、離婚時の財産分与、認知症時の財産活用なども含まれます。資産承継に信託を利用することで実現するのは、
シームレスな財産分与
です。
死、離婚、認知症、のそれぞれは本来財産を所有する人物がそれに対して単独で意思を表明することができなくなる瞬間であり、それがためにトラブルを招き、財産の分散も起こる可能性を秘めています。
信託を活用することで万が一のことがあった場合にどうしたいのか(どうするのか)を予め規定することができ、実際にその瞬間が訪れたときに何の問題もなく承継されることを目指すものです。
信託財産に対するコントロールの維持
財産を信託するという行為は、資産家本人の個人所有でなくなることを意味しますが、それにも関わらず信託財産に対するコントロールを維持したいと考える資産家は多いのが実態です。
もちろん、自分の財産でなくなる、というところに眉が動く人もいますが、何らかのコントロールを維持するようにはできるのが信託の仕組みです。ただ、例えば、このときに指す“コントロール”が財産を自分のために一部を用いたいかどうかも信託を利用する前に決定しておくべきことになります。
海外信託の場合、財産の名義人は受託者であるため、資産の拠出者(通常は委託者)である本人の名前は表には出ません。そして、財産が故人のものでない以上、遺族がその財産を勝手に独占することもありません。
かといって受託者が勝手に独占するわけでもなく、信託契約に基づき、委託者との取り決めに基づいて受託者が適切に管理、分配することになります。そういう意味でのコントロールは維持されているのです。単なる口約束、伝言の類とは明確に一線を画します。
財産に対するニーズ≠遺族に対するニーズ
信託は法的な権利移動を伴うことから、その場の気分や一時の思いつきで取り組むべきことではありません。しっかりと自分自身の資産管理に対するニーズを理解し、適切な種類の信託を設定する必要があります。
信託を上手く活用して資産管理を行うことで、財産を意図したとおりに次世代に引き継ぐことが可能になりますし、家系で大切に守ってきた資産が分散することすら未然に防ぐことができるのです。事前にプランニングすることは結果的に税負担を減らすことにも繋がります。
例えば、前妻とその子どもにはその子が18歳になるまでの支援をし、その役割を終えたら今の家族に全て分配をする、など、
現実にあなたが生きていたとしたらそのときにこう判断するであろう
ということを残しておくことができるのです。それは法定相続で淡々と処理されるのとは全く違う財産の遺し方になります。
もちろん、残された人に後は託せばいいんだ、という人もいると思いますが、そもそも、残された家族に何か指示を残しているわけではなく、あなた自身が保有していた資産に関して、その使い途についてあなた自身が意向を示しているに過ぎません。受け継いだ人がその後どうするか、は依然としてその人の意思に委ねられているのです。
残される非公開メッセージ
海外信託の場合、Lettter of Wishesという形で、受託者に対してその財産をどのようにすべきかの情報を伝えます。多くの場合、受託者に対する指示が含まれています。
受託者にとっては法的にはそれを遂行する義務はありませんが、書かれた内容を考慮に入れ、それに従うのが通例となっています。海外信託において交わされるTrust deedという契約書とは異なり、一般には公開されません。例えば、香港では遺言であるWillは公開することが予定されている文書ですから、大きな違いと言えるでしょう。
Letter of Wishes自体は特に決まった様式があるものでもないので、何でもいいと言えばいいのですが、強いていうならば、本人がいなくても受託者がそれに基づいて行動できるようにしておかねばなりません。内容は複雑な場合分けであっても構いませんが、矛盾している場合はやはり困ります。将来において発生するであろう具体的な事情を想定して、明確に伝わるものである必要はあります。
死後の財産分与について遺言でも規定します。信託もこの点では似ていますが、信託は生前から利用するものであり、生前も同じように管理されています。
したがって、長生きをして判断能力に乏しくなったとしても、受託者が代わりに管理するということになります。自らの延命や治療に対する支出を信託財産から出したいということであればそのようにできます。残された家族にとっては非常にスムーズな資産継承になることは言うまでもありません。
信託利用のタイミング
保険の場合、早く買った方が保険料が安いのでタイミングの悩み方はシンプルかもしれませんが、信託の場合、信託期間にわたって変わらぬ費用が発生するので、利用を開始するタイミングに悩む人は多いのかもしれません。
一つの基準は、資産規模であり、保有する資産が多くなればなるほど、将来の資産承継が抱える問題が大きくなりますから、早い段階で設計をすべきものになります。ここでは、資産が増えてからという意味だけでなく、増えると予想しているときも含まれます。一財を築いてからでは何かと身動きが取りづらい局面というのはあるものです。
もう一つの基準は、年齢であり、人間がいつ亡くなるかまでは分かりませんが歳を取ればそのリスクは高まります。信頼できる第三者に自分の資産のことを知っておいてもらう、いざとなれば行動してもらうというのは遺言をこっそり残しておくのとは全く違う作業になり得ます。
海外信託の制度はやや複雑ですから、知っておくだけならいつでも構いません。ご自身にはどのような資産承継のニーズがあるのか、時間をかけて考えてみるのもよいでしょう。