各国の税制が異なる中で、相続税や贈与税に注目して資産マネジメントをする人は少なくありません。税制面の簡素な香港だからこそ利用される家族信託という選択肢について解説をしてみます。どのような点で効果的な相続対策となるのでしょうか。
目次
家族信託(Family Trust)とは
家族信託とは、財産を管理する一つの方法です。
もともと個人で保有していた資産を家族に託して管理や処分を任せることを意味します。相続対策の代名詞としては遺言書がしばしば挙げられますが、家族信託は故人の遺志をより自由度の高い形で未来に繋ぐ、便利な方法です。
家族信託の仕組みには、保有資産を拠出する立場である「委託者」、財産を預かって管理・処分する「受託者」、受託者の様々な権限および裁量の行使の際に同意をしたり拒否したりする「信託保護者」、そしてその財産から利益を享受する「受益者」の、4者が登場します。
信託なので、受託者は通常プロである信託会社になりますが、家族信託の場合は、ご子息などが信託保護者となって、実質的なチェック機能を果たします。
なお、家族信託という言葉は法律上の用語ではなく、信託の設定目的が一家の財産となるべきものを管理する性質のものに対して便宜上使用している呼称です。
家族信託の事例
ご夫妻、そしてご子息が3人(2人は成人、1人は未成年)の家族において、家長である夫の財産を家族全体に効率良く配分することを想定します。
夫の財産は銀行や証券会社にある金融資産に加えて、自社株や不動産が含まれます。夫の財産は死後は妻ないし3人の子供に遺産として残りますが、生前の段階から家族へ財産の管理に慣れ親しんで欲しいと考えました。
そこで、夫は自らの財産を受託者である信託会社に信託し、信託保護者として既に成人していて最もしっかりしている長男を選ぶこととしました。財産の使い道については委託者として夫が信託会社にしっかりと文面で残しておきます。
金融資産に関しては、夫の死後は、妻や子供たちに毎年まんべんなく配分されるように、そして自社株からの配当や不動産収入については引き続き残された家族に分配されるようにしておきます。
特に未成年の子どもに関しては、学費などの最低限の部分以外は成人した際に分配されるようにしておきます。家族信託設定時にこそ株式や不動産の所有権移転のための印紙税はかかったものの、夫の亡き後は分割されることも印紙税を払うことも起こりません。
家族信託のメリット
自らの財産を死後に管理・処分するために利用できる仕組みはいくつかありますが、その中で家族信託にはどのようなメリットが見出せるのでしょうか。
生前における柔軟な設計が可能
家族信託はもちろん相続対策の文脈で出てくるものですが、誰にいくら渡すか、ということ以上に、委託者が自らの資産をどのように使いたいか、という視点に立てることがポイントです。
残された家族に残ったものをただただ任せる、という人もいるとは思いますが、残される家族の、どのような支えとなることを願って“使う”のか、あるいは家族がどのように財産を利用することを期待するのかを柔軟に設計することができます。
一度に財産を承継した場合、上手くマネジメントできないだろうと思えば、数十年かけてゆっくりと承継させるようにすればいいのです。
家族が財産管理に参画することが可能
遺言書を残すというのは非常に大事ですが、残すだけだと実は家族はその遺言書を開くまでは実感が沸かない、ということに繋がりかねません。
死人に口無しですから、後から聞こうと思っても聞けません。単に財産の存在について口頭で伝えられるだけでなく、信託保護者として指定することによって、生前から財産管理に参画してもらいます。プロの受託者も交えて、財産の管理について学ぶことができます。
信託財産の倒産隔離が可能
信託された財産は、委託者の財産ではなくなりますから、委託者が仮に判断能力が低下する、あるいは事業で失敗するなどで破産したとしても、信託財産にまで差し押さえの法的効力は届きません。
では、受託者である信託会社が破産したとしたら、預けた財産も差し押さえられるのかというとこれもありません。信託財産は信託会社の固有の財産とは切り離されて管理されることとなっています。
家族信託を利用することで、家族のための財産としてしっかりと切り離すことが可能になるのです。
家族信託を検討すべきか
家族信託の利用を検討した方がいいケースは、例えば以下が挙げられるでしょう。
- 将来、別の国で過ごし、そして亡くなることが想定される
- 遺言書以上に細かな財産の割り振りを指定したい
- 自分が元気なうちに、財産の管理を子どもに任せてしまいたい
- お金の管理が上手でない家族がおり、少しずつ財産を渡したい
- 死後に財産が分割され、処分に困ることのないようにしたい
- 死後に財産を渡したい家族以外へ遺産が流出することを防ぎたい
- 相続対策を終えた上で、自由度の高い資産運用を実践したい
遺言書を残すことは常に推奨されますが、一方で遺言書だけでは実現できないこともあります。思うような財産分与が実現できないと思ったら家族信託の利用も検討してみてもいいかもしれません。
家族信託の注意点
信託という行為は法的に規定されていますが、一方で信託を通じてどのようなことを達成したいのかは利用する側に委ねられています。
家族信託の財産は個人の財産ではないので、匿名性も高く管理されており、具体的な事例を垣間見ることも多くありません。
また、信託する財産によっては管理・処分にそれなりに費用がかかります。
費用を財産からの収益で賄うことができるか、あるいは費用を節約するような信託の設計ができるかによって、家族が最終的に受け取ることのできる利益の大きさが変わってきます。
仕組みが複雑で分かりにくいという声も聞かれます。大切な財産に関することですから、まずは専門家に相談し、時間をかけて検討してみてはいかがでしょうか。