海外資産を捕捉する仕組みとしてCRSが導入された。富裕層はどのようなCRS対策に取り組むことが今求められているのだろうか。

CRSという制度

CRS(Common Reporting Standard、共通報告基準)とは、非居住者金融口座情報を毎年12月末時点で集計し、CRS加盟国の税務当局間で自動的にその口座情報を交換する枠組みである。国際的租税回避対策ではあるが、交換される情報の対象は富裕層に限らない。

日本の場合は、2018年からCRSに基づく非居住者金融口座情報の自動的情報交換(Automatic Exchange Of Information、AEOI)を開始している。

情報交換内容としては、

  • 個人情報(氏名、住所、生年月日、居住地国、納税者番号、口座番号)
  • 収入情報(利子、配当等の年間受取総額)
  • 資産情報(預貯金、有価証券などの口座残高)

となっており、あくまでサマリーではある。

CRS加盟国としては、現状は100以上の国と地域が加盟しているが、逆に言えば世界の全ての国が加盟しているわけではないし、加盟して実際に情報交換を始めるまでに期間があったり、内容も徐々に精緻になっていったりしている段階ではある。

例えば、スイスやシンガポール、香港、ルクセンブルク、リヒテンシュタインといった著名な国際金融センターは加盟しているほか、ケイマン諸島、バージン諸島、マン島などのオフショア地域はもちろん、オーストラリア、ドイツ、フランス、イギリス、インドネシア、韓国、マレーシア、中国、台湾などは含まれる。

かつては海外資産を把握するのは極めて困難であり、例えばスイスの資産には秘匿性があったとされるが、現在はそうではないことを意味する。実際、海外に資産を移せばバレないと言って富裕層のマネーロンダリングに加担した事例などが、プライベートバンクでも発覚したことがあるが、そういった取り組みはすぐさま発覚する。

CRSの報告対象

CRSの報告対象は、居住国以外の国に持つ金融資産であるため、例えば、

  • 日本在住者が日本の金融機関に保有する資産にとって関係はない
  • 香港在住者が香港の金融機関に保有する資産にとって関係はない

と言える。

また、対象の選別にあたって国籍は関係ない、のが一般的ではあるが、CRSが国際的な枠組みであるなかで、その土地のネイティブでない顧客についてCRSの遵守に重点的に取り組む金融機関があることは否定できないだろう。

実際、香港で働き始めたばかりの日本人が(もう住んでいない)日本での前の住所や(国外転出によりマイナンバーカードを返納していても)マイナンバーの提出を銀行から求められる事例がある。

一般に、住所変更は可及的速やかに金融機関に伝える必要があるが、住所変更とCRSの自己申告が完全に一致するとは限らない。

あくまで、金融機関には【税務上の居住地】を申告することとしているからである。理論上は、香港に住所を持ちつつ、税務上の居住地は日本であるというケースも想定できるわけだ。

なお、金融資産でないものはCRSの報告対象ではない。そのため、金地金や不動産、今旬のビットコインなどはこれに含まれないが、仮想通貨等は特にスポットライトが当たりやすいので、いずれは含まれる可能性もあろう。

CRSに基づいて報告作業を行うのは資産の所有者たる個人や法人そのものではなく、その資産を預かる金融機関ということになっている。一般には銀行や証券会社、保険会社が当てはまるが、海外の信託(トラスト)契約もその一つである。また、CRS対応はどこか一つの金融機関あるいは税務当局で行えばいいわけではなく、資産がある各金融機関でそれぞれ行われる。

CRSの対象は、

①加盟国の、②非居住者の、③金融口座情報

であるからして、CRSに対する対策としては、

  • CRSに加盟していない国で資産を保有する
  • 金融資産の保有国=居住国にする
  • 金融資産以外の資産として保有する

ことがシンプルに挙げられる。

FATCAとCRSの違い

CRSはOECD加盟国による枠組みであるのに対して、米国は単独でFATCAという枠組みを採用している。

CRSは加盟国の税務当局相互の情報交換であるのに対して、FATCAは米国税務当局(IRS)に対する情報提供である、という点に違いが見出せる。

したがって、米国籍を持つだとか、米国に住むだとか、米国に投資をするだとか、ということがなければ基本的にFATCAとは無縁である。同じ金融の世界といえど、米国とそれ以外ではそこに壁を感じたことのある人もいるのではないだろうか。

理論上、FATCA圏の国・地域に資金を移せば、CRS加盟国からは分からないかもしれないが、そもそも違法な課税逃れを行うものに対して辛辣なのがアメリカである(別にアメリカに限った話ではないが)。場合によっては懲役を被るので気を付けた方がいい。

CRSの死角

各国でTIN(Tax Identification Number)の認識が進んでいる。TINとは税務申告にあたって利用する固有の番号である。日本の場合はマイナンバーがTINに相当する。

残念ながらTINの形式は世界統一の基準がなく、CRS導入当初、自国以外のTINに関しての知識は乏しかったが、現在ではOECDがガイドラインを出していることもあり、各国の金融機関ではチェックを厳密にできるようになってきている。

間違った形式で出そうものなら、仮に一度は受理されても、定期的な監査で引っかかり、再提出となる。

CRSそのものは、課税の枠組みなのではなく、あくまで課税が適切に行われていることをチェックするための一つの材料にすぎない。

国外とのお金の動きや海外資産の状況は日本の場合、国外送金等調書、国外財産調書、租税条約等に基づく情報交換制度など、様々な情報をかけ合わせて分析されることになる、ということが「国際戦略トータルプラン」として示され、その他の調査状況報告からも見て取れる。

CRSに参加する香港はあくまで域内課税であることから、海外での資産の状況、そこで発生した収益についてはあまり情報を必要としていない。

それゆえに情報交換に関して片務的な側面が指摘されないわけではないが、国際的な要請もあって、香港の税務当局(IRD)は海外の税務当局と積極的に情報をやりとりする段階に来てはいると思われる。

CRSの本格的な活用には少しだけ時間がかかる。そもそも国際的なお金の流れの全てをつまびらかにすることは大変骨の折れる作業であろうとは思う。ただ、確実にそのノウハウは蓄積される。香港自体もマネーロンダリングには神経を尖らせていることもあり、香港だったら大丈夫などという過信はすべきではない。

CRSへの協力拒否

CRSの仕組みにおける報告を行うのは金融機関であり、それは各国法令に基づいた義務であるとされる。したがって、顧客がCRSに非協力的であれば、自らの法令遵守義務を全うできないと理解した金融機関は顧客との取引を拒絶し得る。

なお、顧客がCRSの書類を提出に協力しなかった場合、CRSを逃れられるというわけではなく、より広範囲の情報が交換されるだけのことである。

日本の場合であれば、仮に提出した届出書に虚偽の記載がある場合、法令に基づき懲役または罰金が科される可能性もある。間違っても、「黙っていればバレないですよ」などという甘い言葉に乗せられて間違った情報を提出しないようにしたいものである。利用していた金融機関から追い出されるようなことがあっては元も子もない。

富裕層が取り組むべきCRS対策

手っ取り早くできる対策はCRSという制度について知ることではあろう。

ただ、制度を知るとプライバシーのなさを恐れる人もいなくはない。一方で、そもそも何か後ろめたいことがないのであれば何も問題がない。

海外でいくらちゃんとしても、海外資産が捕捉されたせいで、国内でも目をつけられて、ということを心配する人がいるが、これも同じだ。何か後ろめたいことがないのであれば何も問題がない。

逆にこういってしまうと身も蓋もないが、一挙手一投足の全てが税務上完璧に何の疑義もなく処理されている、という人は少ないのではないだろうか。

何の気なしに暮らしてきたが、疑問に思って調べると税務的に怪しそう、ということもなくはないわけだ。

法律だって徐々に変わってゆくのだから知識のアップデートがなければ対処しきれないことだってある。だからいいと言っているわけではないが、不安に思いすぎる必要もない。

税務的にクリアになっていないお金の流れはいずれ妨げられる。CRSに正しく対応することは重要であり、黙っていれば分からないと放置すること自体が将来的に悪手になり得る。

これからも新しくできる国際税務情報交換の仕組みはあるだろう。気付いたときに信頼できる税務アドバイザーに相談してしまう方が、より安心して日々を送ることはできると思う。

昨今はこういった状況を踏まえて、富裕層の場合、各地に分散している金融資産の集約化や運用手法の見直し、それぞれの地域での金融サービスを活かした財産管理など、包括的なアドバイスを受けながら最適化することが求められているといえよう。

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