にわかに香港でファミリーオフィスという言葉がよく聞かれるようになりましたが、その背景はどのようなものなのだろうか。プライベートバンカーの一人として、香港の動きについて現地から解説してみたい。

世代間資産継承が次のテーマになりつつある

中国にしても日本にしても、税制面(贈与税、相続税等)では資産を継承するには向いていないことは自明である。

これまではファミリーオフィスは代々、欧米系、とりわけイギリス文化において受け継がれてきた考え方である。そのことは、オフショアと言われる、いわゆる合法的な租税回避地がイギリスの旧植民地に根付いたことと無関係ではない。

アジアにはこれまで、世代間資産継承をするだけの富裕層がいなかった、それゆえに当分野に関するノウハウも、一部の専門家が知識をこねくりまわして辿り着く、陳腐化されない(されればイタチごっこをするだけの)手段として期待されてきた節がある。

しかし、風向きは明確に変わりつつある。アジアに新興富裕層の一世代が築かれ、そして次の世代へとその資産を継承するフェーズにきているし、それが国策上も大きな意味を果たし得ることを認識し始めた。

さりとて、新興富裕層ゆえに、次の世代に期待することも、「自分の力でのし上がること」であるケースは少なくない。富裕層の資産とは“隠された財宝”や“愛でるためのコレクション”ではなく、“次の社会を作っていくための資源”であると思うことができるだろうか。

このあたりの意識の変化も一朝一夕に起こるものではない。資産を受け継ぐ側もその資産の存在意義と使い途を一朝一夕に認識できるものでもない。時間をかけて初めて実現することである。

香港政府としてファミリーオフィスは力を入れている分野

アジアの富裕層の人数で言えば、実は日本は多い部類であるが、残念ながら日本にファミリーオフィスを推進するとなるとハードルが高いようだ。

かといって一部の企業はともかく、香港として日本からの富裕層を誘致しよう、とまでなるインセンティブもなかったと言える。せいぜいプライベートバンカーが日本までいき、富裕層を連れてくるくらいだったと聞く。

日本にプライベートバンクという文化を持ち込もうと取り組んだ先人も、なぜ上手く行かないのか釈然としないまま事業をたたんだ節もあるようだ。

しかし、次の時代は違ってきており、中国の富裕層が目覚ましい勢いで増加しており、それに対するソリューションが打ち出されようとしている。

つまり、数のサンプルが生まれつつあることを意味しており、政策としてその動きと向き合うことができる態勢にある。

制度のつまみ食いと理想(現実は隠し子)ではどうにもならないものがあっても、プライベートウェルスの存在を認知してもらうことが重要になってくる。

スイスやリヒテンシュタインなどはまさにその典型であるわけだが、アジアではシンガポールか香港がその筆頭になってはこよう。

香港の場合、これまで富裕層の数とプライベートバンクサービスでは地位を確立してきたが、2020年にファミリーオフィス設立をサポートする法案が通り、アジアのファミリーオフィスハブとしての成長を見据えたばかりである。2023年3月24日には、ファミリーオフィスを拡充するための施策が発表され、新たな投資移民ビザ(CIES)や、減税策が盛り込まれるとのことであった。

シンガポールか香港かという構図はまだ続く

2019年からの香港の混乱により、富裕層の多くにとって脱香港が頭をよぎったことは言うまでもないだろう。富裕層の資産にとって、将来の不確実性と認識するものは可能な限り回避したいものだからだ。

シンガポールは確かに富裕層を積極的に受け入れているイメージが出来上がった。実際に移住した人も多い。

だが発想は外国企業の誘致とよく似ていて、結果的に根付く者もいれば、去る者もいる。結局はシンガポール国民の生活を豊かにするための起爆剤の側面があるからである。

シンガポールと香港を比べてどちらが良いかという話をする人がいるが、比べるのはいいとして、どちらかでなければならない、という結論を持つ必要はない

シンガポールが香港化する可能性もあれば、香港がシンガポール化する可能性だってあるからだ。あるいはポストコロナで生活様式が変わったときに感じるものも違ってはこよう。

依然として世界経済の成長と、プライベートウェルスの成長はアジアが主導する、と見込まれている、それだけは確かだ。

ファミリーオフィス(資産管理会社)を設立・維持管理する

ファミリーオフィスとは主には家族の資産を管理するための“ハコ”である。香港にファミリーオフィスを設立する場合、法人を設立し、銀行口座を開設し、そして会計や監査もこなすことを意味する。もちろん、オフィスや住居も香港に用意する必要があるため、一から作るとなると実に様々なサポートが必要であるとは言えよう。

ただし、一旦設立してしまえば、維持管理はさほど大変ではないし、資産を投資する対象は上場証券であっても、あるいはベンチャー企業であってもよいし、何も香港内で投資を完結させる必要があるわけではない。

香港に住むとはいえ、一日たりとも香港の外へ出てはいけないわけでもない。家族の趣向に合わせて柔軟に設計することができよう。

ネームバリューのある大手か、小回りの利く中小業者か

流行にはヒトもカネも集まるものであるから、これからはファミリーオフィスの世界にも”大手”と“中小”が出来上がっていく。

プライベートウェルスを取り巻く世界の成熟過程であり、淘汰されるものもあろう。アジア独特のものもそこから生まれてくるかもしれない。

大切な資産であるからして、しっかりと運営してくれるところを見つけるのが最優先であることは言うまでもない。あるいはともに成長していけるかどうかもポイントかもしれない。

一方で、コストの観点や、ご自身の資産の目的とも相談しながら、信頼できるパートナーを探すことになる。

少しだけ、変化に目を向けて眺めてみると様々なことに気付くことができるのではないだろうか。

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