国際金融センターと位置付けられる都市間の競争が激化している。政治的側面も意識されるなかで、果たして国際金融センターとしての香港の強みに何か変化が訪れたのだろうか。改めてこの点について整理をしてみたいと思う。
目次
中国本土ー香港のコネクション
香港は中国本土投資のゲートウェイ(玄関口)の役割を果たしている、というのは言わずと知れたことである。現在は「スーパーコネクター」という言葉で表されることが多い。
一国二制度であるがゆえに、中国本土との関係は密接であり、香港を利用してビジネスを行う中国企業は極めて多いので、人の流れにせよお金の流れにせよ、これほど重要な立ち位置はないだろう。
もちろん世界に散らばる中国人ネットワーク、あるいはアジアの中では他には例えばシンガポールなども中国系の方々の活動は盛んであり、それらももちろんビジネスに繋げることはできるが、中国本土と陸続きである、という点においても、香港は最も利用しやすい。これは他の国際金融センターには存在しない独自の強みとして挙げられる。
中国語と英語が公用語
とはいえ、中国企業とビジネスをするだけならば本土内の大都市に出ていけばいいではないか、というのは一つの回答でもある。一方で、国際ビジネスにおける共通言語である、英語と、そして世界一の人口を誇る中国での使用言語である中国語、がともに公用語である、という点で香港は非常に稀なベースを持つ。
つまり、英語しかできなくてもビジネスはでき、中国語しかできなくてもビジネスはできるし、そしてその間を繋ぐ人材にも欠かないというのは非常に大きなアドバンテージであろう。中国本土内に入ってしまえば英語の人材を探すことはできても、公式には中国語が優先されることになる。
国際決済インフラの存在
中国は大きく、そして人口も多いので、今後の世界経済にとっても重要なわけだが、国際金融とはどのような接続をしているのだろうか。通貨制度で言えば香港ドルはカレンシーボードと言われる米ドルペッグ制を採用しているし、法制度で言えば一国二制度のなかでコモンローを維持し、資本の流出入の自由を認めている。
香港ドルの紙幣発行を担う香港上海銀行、スタンダードチャータード銀行、中国銀行はそれぞれ、米ドル、ユーロ、人民元の決済の流れの真ん中におり、ダイレクトに各国の中央銀行とも接続している状態にある。お金の流れの自由に関しては、国際決済インフラという形で顕現しているのである。これは極めて稀有なポジションであり、一朝一夕に他の都市が代替できるものではない。
税制面の簡素さ
税金が安い、というのはそうだが、何よりも簡素さというのは自由にビジネスを行う上では欠かせない。お金の流れのスムーズさを促している、と考えられよう。消費税はなく、贈与税や相続税もないし、キャピタルゲイン税のようなものもない。
強いて言えば所得税や法人税、ということになるが、これも国際的にみて非常に低い水準にとどまっている。このことは、資産を持つ企業家や投資家にとっては、小手先の税金対策に奔走しなくてよい、ということも意味している。
都市としてのダイバーシティ(多様性)
数で言えば中国人は多いので、そのお膝元である香港もまた中華圏という感じは強い。人口に占める中国籍の割合も近年は増加傾向である。一方で、英国統治時代の名残りがあることや、海や山も近い土地柄、欧米人を始めとして、様々な国からの人であふれている。フィリピンやインドネシアから来ているヘルパーを雇って生活するのも一般的である。
香港のイミグレ(移民局)に行ってみるとそのことは強く感じるし、単に仕事を求めてくる人もいれば、南国的な要素があってかつ富裕層も多いエリアもあり、多少場所によって雰囲気も違う。子供の教育のことを思うならば、これほど日本にも近く、インターナショナルな場所も少ない、とは言えるのかもしれない。英語を学ばせるにも中国語を学ばせるにも向いている、とは考えられる。
リアルな金融都市
こう言ってしまうとあれだが、いわゆる国際金融センターの中にはタックスヘイブンやオフショアと呼ばれるだけで、実際には銀行や金融機関が立ち並んではいない場所もある。こうなると、登記し制度を利用しているだけで目に見える街作りに貢献しているとは言い難い。
一方で、香港はその税制面の簡素さもあって、銀行セクター、保険会社、資産運用会社などがそれぞれ拠点を構え、そしてたくさんの人が働いている。このことは、金融業だけでなく、それにまつわる国際ビジネスの専門家(弁護士や会計士など)も集まっていることを表しており、いわば、香港はリアルな金融都市として存在しているわけである。
新領域へのライセンススキーム
さて、これからも香港が国際金融センターとしての地位を保ち続けるためには現状維持だけでは足りないことはいうまでもない。
一つには新しいファイナンスの世界にオープンであることであり、例えばESGを意識したグリーンボンド市場などが取り組みの一つとして挙げられる。しかし、伝統的金融の中心地として育った香港の次なる課題はイノベーションであり、その活路は間近にある深センで育ったテクノロジーとの協業になってくるかもしれない。国際金融センターとしての洗練された金融サービスを維持しながら、新たな分野を獲得する必要がある。
例えば、最近であればデジタル資産を取り扱う取引所に対して、既存のライセンススキーム(SFC)に則ってライセンスの取得を義務付ける方針を決めた。このことはデジタル資産交換業を既存のライセンススキームと分けて行う、日本やシンガポールの考え方とは異なっている。
それにデジタル資産取引をプロ投資家(最低800万香港ドルのポートフォリオを持つ者)に限定した上で、リテール投資家への展開を検討するなど、やや慎重な姿勢を示しながらも確かに業界の成長を促し、最終的には現物ETFなどの導入に踏み切った。新しいものを真っ先に受け入れることが国際金融センターとしての知名度を傷つけることにも繋がりうるというリスク認識もあるからである。
世界で最も拡大が見込まれるアジアの富を抱え、都市として成長する香港に一度足を踏み入れてみてはいかがだろうか。