資産ができたら保険は不要であるというのは本当か。資産額に合わせて保険の目的が変わってくるというのは確かなようである。

必要保障額を知る

生命保険における必要保障額とは、その人に万が一のことがあった場合に、残される家族が変わらぬ生活をするための金額である、と一般的には理解していい。

だから残される家族がいなければ保険に入らなくていいし、あるいは万が一のことがあってもなくても変わらぬ生活がおくれるのであれば保険に入らなくていい、というのはある意味で正しい。

実際、多くの人にとっては必要保障額を決めるにあたって、

  • ①現在の支出水準
  • ②将来の必要支出(養育費など)
  • ③債務の清算(住宅ローンなど)

など、本人が生きていれば働いて家族を支えるであろう部分を算出する。

例えば田舎に比べれば都会の方が支出水準が高い=①が多いだろうし、結婚して子どもができれば役割は増す=②が多い。将来収入を前借りして家を買ったのであればそれも考慮する=③が多い、ということになる。

したがって、社会に出て働き始めるとともに、必要保障額は増え続け、どこかでピークを迎え、子どもが独立する頃には必要保障額は減っていく、というイメージになることも多い。

当然ながら、必要保障額分だけ貯蓄があるのであれば、生命保険に入る必要はない。年収が上がって生活に余裕ができると必要保障額を落とすのもこの視点では合理的なわけだ。

生命保険を通じた必要保障額は計算すれば出てくる。だから計算した結果必要ないということであればそれでいいのである。

保険に入るとお金は増えない?!

生命保険を通じて大きな保障を得ることは保険料という対価を伴う。したがって、必要以上の保険に入っているのであればそれはただの負担でしかない。もちろん、掛け捨てなのかそうでないのかによっても対応は異なり得るが、保険の見直しを定期的にすべき理由はここにある。

また、貯蓄は保険の代わりになる面があることは上記でも触れたが、保険には貯蓄以上の利回りがあるだとか、そもそも余剰資金があるから保険会社に預けて運用をしたいだとか、という動機でもっていつの間にか保険ばかりを購入している人も見かける。

本当にお金を増やす目的なのであれば単純に運用をすればいいのであって、無理にそれを保険で達成しなくてもいい。保険を通じてどのような目的を達成したいのかを考えておくことこそが大切なのである。

お金持ちは保険に入らない?!

一般に、保険に入っていて良かった、と思える事象とは、稀にしか起きない事象である。したがって、その確率的に稀なことは自分には起こらないと思ってしまえば乗り切れるし、実際稀にしか起きないのだから、一生起きない可能性だってある。保険は常に“もし起こったら”の発想からしか考えていない。

万が一を考えた若者は保険料という費用を払ったことでお金持ちにはならず、自分は大丈夫とたかをくくった若者は費用が発生せずにお金持ちになる、としたら少々皮肉な気もしないではない。保険を結果論で語るのは難しい。

稀な事象が起こったら人生プランが破綻する、という場合と違って、稀な事象であっても豊富な資金力でカバーできるのであれば問題はない、というのは素直である。だからお金持ちの人は保険に入らないという主義の人も多い。

また、生命保険の場合、死亡保障は本人が亡くなった後に支払われるお金なので、自分が使うことはできない、という側面に納得しない人もいる。運用目的であったとしても、もし解約する気があるのなら、保険よりもっと解約しやすいものはたくさんある。

保険を通じて得られるものはやはり安心であり、保険を通じて億万長者になった、という話はあまりないわけだ。つまり、お金持ちは保険に入らないということと、保険に入るとお金持ちにならないということはどちらもある一面においては正しい。

富裕層が加入する生命保険とは

一方で、お金の心配をしなくていいはずの富裕層もまた生命保険を購入することがある。以下に例を挙げるが、いずれもお金のトラブルを解消するものであり、必要保障額の算定過程が異なることに気づくだろう。つまり、生命保険の目的が異なっているわけだ。

家族や資産を守る

自分が死んだ後のことを考えない人も中にはいるかもしれないが、残される家族のことを思うのであれば、遺産として残るものは流動性のあるもの=売却しなくてよい、あるいは売却しやすいものの方が有難い。とはいえ、不動産や未上場株式など、自分が築いた資産を全て現金にして死ぬというのも現実的ではない。先祖代々の土地であって自分の代で売却するなんてもってのほかだと考える人もいる。子どもが3人いたとして、土地の分筆をせずに同時に平等性を担保できるだろうか。そのときは、やはり現預金で調整する以外の方法はない。相続税支払いのための現預金もしかり、死亡保険金を通じた利害調整も必要になる。

共同創業者を守る

事業を誰かと一緒に興すとき、対等を意識して、共同創業者で50%ずつを保有することがある。この考え方自体は素敵なことであるが、会社が大きくなるにつれて話は複雑になり得る。仮に共同創業者の片方が亡くなれば当然相続したその人の家族が株主になるわけだが、経営に関心があるとは限らないし、逆に関心があるあまりに会社の方向性がもとと全く違うものになる可能性だってある。共同創業者はそれぞれに対して生命保険をかけ、株式を買い戻せるようにしておくことは有効である。

会社を守る

会社の重役級(キーパーソン)が亡くなることは、事業にも影響を与え得る。取引先や取引金融機関、あるいは従業員すらも何かアクションをする可能性がある。もちろん、関係者で補い合って事業見通し自体に最終的な影響が出ないにせよ、一時的な対応を余儀なくされることはあり、その場合には可能な限り潤沢な資金を用意したい。法人保険の目的としてキーパーソン保険が利用されるのは、このような事情である。

当事者の思惑が錯綜

どんなに本人が「家族のために、共同創業者のために、会社のために」と思っても、その遺志というのは必ずしもその受け取り手の思惑と一致するとは限らない。お金のことはそれぞれの人に考え方というのがあり、権利があるものは主張したがるのが普通だからである。

私の職業柄、顧客その人だけでなく、その配偶者、そしてご子息、あるいは会社の重役などを合わせて面談をすることはあるし、家族会議に呼ばれることもある。顧客自身にも考え方があって、その会話の最終的な行き先を想定しているわけだが、これはこれですんなりとはいかないことが多い。会社の上司部下のような関係なら指示をしたら許諾しかないかもしれないが、家族やよく知った関係だからこそ、好きなことを言い合うものである。

  • 「家を実質的に守っているのは次男だから、次男が多く受け取るべきだ」
  • 「親父が家業を継いで欲しいというのは分かるが、自分たちにはもう仕事も家庭もある」
  • 「実家の土地なんかもらっても後で困るだけだから、今すぐにでも売ったらいいのではないか」
  • 「そんなに揉めるならお前たちには何も残してやらん」
  • 「相続の話する前に、元気で長生きしてくれよ」

生前に余裕をもって話ができることはいいことではあるが、同時に差し迫った内容でないことが話をまとめ辛くする面はある。もちろん最後は当事者が最も納得する形でまとめたいが、こうした過程で客観的に見ている人とというのも実は重要らしい。結果として、それぞれの当事者に足りない部分に気づき、時間をかけて補うことも必要である。そもそも土地や会社に対する本人の思い入れについて、家族は意外と知らないことの方が多いし、あるいは本人は当たり前に管理してきた資産だが、受け取る側はその方法を知らないケースだってある。そんな状態で結論を持ってこられても受け入れ難いのは、カネ勘定とは別に、感情面で理解できる。

↓ この記事が気に入ったらシェア ↓