2022年9月に行われた24年ぶりの為替介入には単に円安を食い止めること以上の意味があったと考えられないだろうか。キャピタルフライトが本格化する可能性が高まっているという話をしてみる。
目次
キャピタルフライトとは
キャピタルフライト(Capital Flight)とは、資本逃避、つまり資産またはお金をある国から別の国に逃避することを指す用語である。
きっかけの多くは、政治や経済の混乱により、国への信任が失われたときであるため、資産に対する防衛反応を表す言葉と言える。特定の経済から急速に資金流出する場合、経済面でさらなる悪影響を及ぼすことが予想される。
キャピタルフライトの例
アルゼンチン
20世紀のアルゼンチンは政治情勢の不安と財政危機に見舞われ、米ドルペッグ制を採用していたなかで、アルゼンチンのペソが大暴落をした。そのときにはアルゼンチンに進出していた企業は一気に引き上げている。預金封鎖を実施した上でも、アルゼンチン国債は暴落し、債務不履行を宣言した。その後米ドル建て預金はペソで払い戻されることにもなった。
中国
近年の中国の経済成長は目覚ましく、対外開放を掲げるも、依然として海外への資金流出を防止するため、人民元の持ち出しには強い規制がかかっている。人民元の下落が予想されれば、国民が外貨を欲する可能性は高く、また、国内景気が後退するようであれば外国資本が資金を引き上げる可能性が高い、とは言える。
中国本土から見た香港はキャピタルフライトとは言えないまでも、国境に等しい壁が存在しているので、その壁をあの手この手で越えようと試みる傾向があるのも事実である。一旦香港に出たお金は世界へと羽ばたくことができるからである。
キャピタルフライトは国力の弱さがもたらす
国力とは何かを定義するには様々な観点があるが、主には政治と経済であろう。
国力が強いとは、国際社会での外交力の強さ、国内での政治に対する信任の強さ、経済成長やイノベーションなどの民間の強さ、と言い換えることもできよう。
日常的にも、どの国がいいかという相対的な比較は多少なりしているとは思うが、キャピタルフライトが起きるときというのは、とにかくこの国はもうダメだという絶対的な評価に近づいていることを意味している。国力が強い国はヒトも資本も惹きつけるが、その反転が起こると悪循環を止めるのは難しい。
ドル高円安は投機なのか
そもそもキャピタルフライトとは発展途上国でしばしば起こるものであり、先進国である日本では起こらないのではないか、という声がある。
結局のところキャピタルフライトとは国への評価なので、先進国であればその評価は一般的には高いと言える。ただ、先進国の中でも日本の成長はそれほどではなく、他の先進国との差が開いたり、あるいは発展途上国に追い抜かれたりということは起こっても不思議ではない。
2022年のドル高円安基調というのは、金融政策の方向性の違いに起因するものではあるが、日本と外国の経済の先行きの違いが根底にあるのも事実である。また、ドル高円安が急速に進むのには投機勢も加担しているとは思うが、だからといってその根底に真っ向から反対するものでもない。
本格的キャピタルフライト前夜
キャピタルフライトが起こり始めることはどの国においても注視すべき事項であり、いざとなったときに国として手をこまねいて見ているわけにはいかないから、必ずといっていいほど”制約”をかけることになる。
つまり、資本の移動に対して国が”待った”をかけ始めたときこそが、本格的キャピタルフライトの前夜ということになる。感度の高い層の人たちはこの制約がかかる前に動くし、制約をかける兆しが見られれば大多数の人が動くことになる。あるいは具体的な制約が課された後に、最後に押し通る人たちもいる。
2022年9月の為替介入がここでいう”制約”には該当するとは思えないが、政府の具体的な行動を誘発したという意味で、”待った”がかかったことは疑いがない。もちろん最終防衛ラインを示したわけでもないが、万が一為替介入が打ち崩された、あるいは形だけのものだと評価される事態になればそれは信任の失墜に繋がり得る。
期待インフレ率がカギか
単に外貨での投資が増えることでキャピタルフライトが本格化しているとは考えにくい。日本で外貨預金をする、米国の株式を買う、それは対外投資に見えるが、結局のところ日本国内のアクティビティにすぎず、キャピタルフライトとは一線を画す。
その一線を超えるとしたら、ここ数十年低かった日本の期待インフレ率が転換するかがカギかもしれない。金利もつかないが日本円を持っていても大丈夫、使い途がある、と思えているうちにはキャピタルフライトは本格化しない。
でも期待インフレ率が急速に高まれば、このままではダメだという感覚に陥る。仮に年間たった数%でも長期で見れば大きな差である。今世界で起こるインフレに日本がそれほど巻き込まれていないことにはそれなりの示唆があるのではないだろうか。政治と経済の不安定化の中で、日本の舵取りには注目したい。