キャップジェミニのワールドウェルスレポート(WWR)2022年版が発表されたので、その内容と私自身の経験を照らし合わせながら業界動向についてコメントをしてみたい。香港に来てから3年、このレポートの内容も見てきたが、業界トレンドと、私自身の取り組んできたことが近くなってきたと感じるとともに、次のトレンドをしっかりと掴まえる必要性を再認識する。レポート自体は誰でもダウンロードできるものなので、中身を確認してみるのも面白いと思う。
目次
顧客ファーストとは何か
Putting the client at the heart of wealth management
WWR 2022
あえて英語を残したが、今回のレポートのまさに題名であり、そして至極当たり前なこの言葉が今になって世界的に認識されているわけである。日本でも顧客保護や顧客本位という言葉が聞かれるが、果たしてその意味を本当に理解して行動できる担当者はどれくらいいるのだろうか。それに顧客ファーストというのも分かったような分からないような言葉ではあるが、トレンドはまさに「顧客を中心に据えている」というところに収束してきている。
ウェルスマネジメントのコモディティ化
コモディティというのは、金や石油、とうもろこしなど、一定の品質で同じように生産されているものを指す。ウェルスマネジメントのコアサービスには資産運用が存在するが、サービス単独でいえばやはりどこのファームに頼んだとしても一定のレベルのものは提供されるし、似たり寄ったりであることすらある。顧客の側だって、一つのファームで取り組んだものを別のファームに聞いてみて全く分からないようなものがあればこれはこれで不安になったりするものだ。
究極論、ファームが提供する資産運用サービスに個性を感じるうちは、ファーム自体が取り組む差別化戦略に巻き込まれているとも考えられる。もちろん顧客を獲得する上で差別化は必要だが、顧客ファーストのサービスのはずなのに、顧客がファームに合わせるということはある意味で矛盾する。ウェルスマネジメントがコモディティ化するのも必然といえば必然である。
ウェルスマネジメントのデジタル化
新しい技術が登場する中で様々なプロセスでデジタルソリューションが提供されるようになっている。確かに便利な面はあるのだが、果たしてそれは本当に顧客から求められているのか、というのは問いかける必要がある。デジタル化され過ぎても困る顧客はいる。ログインすればいつでも情報が見れるとして、わざわざ見に行くのだろうか。担当者として書類の量が減るのは良いが、本当に顧客は全ての情報に目を通した上で同意のクリックをしているのだろうか。
コミュニケーションという側面であれば、リモートでの面談が受け入れられやすくはなった。私の場合も、直接会ったことがない顧客だってもちろんいる。いつかタイミングが合うのならば会うのを拒む理由はないが、直接会っていないから何かができない、というのは必ずしも合理的ではない。ただ、会って話ができない人とはビジネスをしない主義の人も一定数いることもまた事実である。その人なりの安全バッファーなのだから否定すべきではない。
デジタル資産への投資機会
富裕層のアセットクラスの構成はここ数年さほど変わっていないことがレポートからも見て取れる。一番割合が大きいのは株式であり、債券や不動産も一定割合持ちながら、オルタナティブ投資にも取り組む様子が分かる。
一方で、富裕層に限らず仮想通貨やNFTsなど新しく登場したデジタル資産という分野に関心を持った人は多い。実際に投資機会として非常に魅力的に映った時期もあり、デジタル資産へいかに投資するかを思案した資産家も当然ながらいる。レポートでは70%の富裕層がデジタル資産・通貨に投資をしたことがあると答えた。アセットアロケーションというよりはこうした新興分野に対して一定額を割くことがトレンドを追うことにも繋がるのであろう。
私自身も2021年はこの分野への理解度を高めるのに少なからずの時間を割いた。目まぐるしく変わる規制環境の中でも一大エコシステムができあがってくるのを確かに目にした。
ESGへの関心増加
2021年の時点でESGへの関心の高まりは見られたものの、実際にそれを行動に表す人は決して多くないとも思えたが、実際には何らかの形でアクションした人が多かったことがデータから分かる。
40歳という区切りで見たとき、若年層の方がESGに関心があるのは世界共通だが、その中で日本は平均が非常に低いのはやや気にはなる。
残念ながらESGを目指したからといって激しい資産価値の変動から資産を守り切れるわけではないが、顧客エクスペリエンスとしては重要であるとはいえそうだ。
新興富裕層や億り人への対応
資産家としての知識と経験も一朝一夕には身につかない。とりわけIPOやM&A、あるいは仮想通貨投資などでいわゆる億り人として現れた世代はひょっとしたら実はそれほどお金を必要とはせず、そうでなくてむしろ情熱を注げる新しいことを探す人たちかもしれない。富裕層にもジェネレーションというのが存在するし、富が築かれた歴史はそれに対する思い入れの違いとしても現れてくる。お金に対する考え方もまた違っているのに十把一絡げに扱ってしまってはいけないのである。
日本の富裕層人口は微増
意外に思う人もいるかもしれないが、日本は富裕層の人口が多い。ドイツやフランス、中国やイギリス、スイスよりも多い。シンガポールや香港はもちろん富裕層の割合が多い地域としては有名ではあるが、絶対数としてはそれほどではないことも再確認したい。
フィーモデルの変化
商品やサービスプロバイダーからのコミッションを脱却し、顧客から手数料を受け取ることが、富裕層からのより大きな信頼を得ることに繋がっている。このことはファミリーオフィスモデルにおいて傾向が確認できるようだ。
顧客自身も取引ベースでの関係性に違和感を見出し、積極的に新しい関係を構築することで、感情的にも安心できる場所を見つけるようになってきている。
たかがフィーモデルと思うかもしれないが、それは担当者の働き方に大きく影響を与えるので、結果は全く異なると言っていい。担当者の個性とフィーモデルには相性がある。三つ子の魂百までというが、一度染み付いた営業のスタイルも変えられないものなのだろう、と思うことがある。逆に顧客の側も一度染み付いた営業のされ方もすぐには脱却できないようである。担当者は取引の発注のために電話をかける存在なのか、またかかってくる電話は最新の取引銘柄の話なのか、一定のやりとりを経て違いを認識するケースが多いかもしれない。担当者との会話はどのような内容に時間を割いたのだろう、もしそれが期待しているものでないならば、会話の内容を変えることを試してみるとよいだろう。
ロープロファイルであることの意味
この業界にいるとロープロファイルであることをよしと考える風潮は確かにある。ロープロファイルとはあまり目立つことがなく、知る人ぞ知る、の状態にいることである。ウェルスマネジメントの仕事はお金に絡む仕事なので確かに“怪しい”というイメージがつきやすい。だから不必要な注目は浴びない方がいい、というものである。
一方で、ウェルスマネジメントのコモディティ化が進むなかで、顔が見えることは大きな差別化になる。担当者の人となりを知ることが長い付き合いの始まりであることを知っているからである。どこの誰かも知らないし、何をやっているのかも分からなければその方が不安である。担当者から見ても同じである。その顧客がどこの誰かも知らないし、何をやっているのかも分からなければ不安である。情報は多く、透明性が高いに越したことはない。
話してみるところがスタート
ウェルスマネジメントの世界には、人間関係にフィーを払っている感覚が存在する。これも一つの変化であり、モノを売買するのではなく、サービスを受けるのと近い。レストランでいうならば料理を作るコックなのか、それを運ぶウェイターなのかという面はある。目の前でコックが至極の一品を作ってくれ、そして丁寧にサーブされるのであればやはりいい経験になるだろう。単に物がよければいいというのではなく、顧客エクスペリエンスがどのようであるかが非常に重要なわけである。
出会わないことには人間関係というのはスタートしない。どんなきっかけであれ、話してみるところがスタートであり、話してみて上手くいかないのであれば、あるいはそれは人間関係と呼べるものでないのかもしれない。どんな長い付き合いにも必ず始まりは存在する。