グローバルな時代になり、国際結婚をしたり国を跨いでビジネスをしたりする人が増えましたが、このグローバルさは比較的歴史が浅いことに注意が必要です。生まれた国で大人になり、そして死んでいくのとは異なります。とりわけ財産という観点においては、税制面もさることながら、相続の問題も複雑なものとなることが想定されます。この点に絡めて、海外の信託制度(トラスト、Trust)について概要をまとめてみます。
海外の財産に関しては信託制度を利用することで解決する問題も多いのです。信託の目的を定め、生前に適切なプランニングを行っておきたいものです。
信託=信じて託す、ということ自体は日常生活においても様々な場面で起こり得ます。本人の代わりに家族に役所まで書類を出しに行ってもらう、あるいは隣人に家の鍵を渡して留守中に飼い犬の面倒をみてもらう、こんなことも信託といえば信託でしょう。
財産を託す、という行為は中世のイギリスにおいて制度化され、その後も様々な法体系が整備されてきました。単に財産を託すといっても、様々な目的があり、それに応じた信託の形態をとることが想定されています。
現状、私が直接アドバイザーとして絡むのは、主に個人の財産の管理と処分に特化したものになります。それは生前の資産のマネジメントをする立場にあるがゆえに、相続による承継をスムーズにすること、あるいはその後のご家族の生活を守ることが必要になってくるからです。
目次
海外の信託制度の基本コンセプト
海外の信託制度(トラスト、Trust)における基本的な登場人物は3人です。
①委託者(Settlor) ②受託者(Trustee) ③受益者(Beneficiary)
になります。
委託者とはもともとの財産の保有者であり、委託者は受託者にその財産の管理を委ねます。このとき財産は信託財産に変わります。受託者は受益者に信託財産による便益を渡します。
本来であれば、委託者から受益者に対して直接財産が渡されることになりますが、わざわざその間に受託者という第三者を立てることに一体何の意味があるのか、と思う人もいるかもしれません。
受託者とは第三者なので、特定の個人でも構わないのですが、財産における信託制度を利用する場合は、一般には信託会社を受託者とします。この第三者が登場することによって可能になるのは以下が代表例です。
- 1 資産の永続化(資産寿命の延長)
- 2 資産の一元管理
- 3 個人資産からの隔離
- 4 相続対策
資産の永続化(資産寿命の延長)
信託にも信託期間という寿命があるにはありますが、それは法的効力が無期限であることを想定していないだけであり、例えば150年といった信託期間にすることができます。個人資産のままであればその人が亡くなれば資産は相続人に向かいますが、信託された財産は信託期間中は受託者のものですから、委託者の死というトリガーに左右されることはありません。したがって、年齢が上がったからといってリスク許容度を下げる必要もなければ、即座に現金化できるような資産に入れ替えておく必要もありません。資産の寿命を伸ばすことができるのです。
資産の一元管理
信託する財産には特に決まりはありません。金融資産だけでなく、不動産などの実物資産、アートやワインのコレクションでも構いませんから、資産を一元管理することも可能です。
特に流動性の低い資産に関しては、財産分与においてトラブルが起きやすいですが、それも解決の余地があります。例えば事業会社の株式そのものを相続することを予定する代わりに、株式を信託して管理し、受益権だけを自由に設計することも可能です。
個人資産からの隔離
オーナー社長の場合、個人の資産と法人の資産の区別が曖昧になりがちです。
特に香港であれば、税制が比較的シンプルであることもあり、絶妙に個人の資産と法人の資産をやりくりする人も少なくありませんが、本来個人の資産と法人の資産の法的な意味合いは全く違うものです。
信託をすれば、この絡み具合を解消し、法人で何か問題が発生したときにでも、あるいは破産したときにでも、信託財産は隔離された状態にすることが可能です。このことは結婚にも当てはまるケースがあります。結婚前に築いた資産を結婚前に信託しておけば、仮に離婚に至った場合でも、相手方に分与することが避けられるかもしれません。
相続対策
信託された財産は受託者のものですから、委託者が亡くなったとしてもそれは変わりません。したがって、死後、相続財産に対して行われるプロベート(検認裁判)の対象となることがありません。
プロベートは英米法体系における相続手続きですから何ら不思議なプロセスではないのですが、問題なのはこれが通常でも1年以上かかり、それには数百万円の弁護士費用を伴うこと、そして国によっては相続税の支払い期限がその解決を待たないため、相続人が金銭面で苦しむ可能性があることです。
信託の費用もまた決して安くはありませんが、プロベートを回避できることは、費用の節約になり、かつ相続人も楽にすることは知っておくべきでしょう。
海外の信託制度を利用するときに決めておくべきこと
信託においてまず決めるべきことはその「目的」です。目的によって信託の形態が変わり得るからですね。
例えば、信託の種類として、
- ① 解除可能信託(Revocable Trust)と解除不能信託(Irrevocable Trust)
- ② 固定信託(Fixed Trust)と裁量信託(Discretionary Trust)
があるでしょう。
信託には信託契約が伴いますが、①において変わるのは、信託した後にその財産を元の人物に戻せるかどうか、になります。つまり、元に戻す可能性があるかどうかで選ぶことになります。②に関しては、受益者や受益権について、信託中にどの程度変更ができるかが違います。固定信託であれば、委託者だけでなく、関係当事者全員で信託契約の見直しを行う必要がありますが、裁量信託はまさに、生前は裁量を持って変更ができます。
また、信託することや誰にいくら財産分与するかに一生懸命になること以外にも
- 信託財産における運用方針と運用マネージャーの選定
- 信託財産を分配によって取り崩す場合のシミュレーション
などは決めておく必要があります。家族や、あるいは外部のチャリティなどに対する思いの部分は委託者の考え方を正確に反映することが大事になってくるのに対し、この点に関しては私のようなファイナンシャルアドバイザーが積極的に関わるべきパートです。
海外の信託をプランニングする
私の場合、信託そのものは当局認可のある信託会社と協業して提供することとしています。しかし、逆に信託会社そのものは資産運用は行えませんから、証券ライセンスを持った投資一任アドバイザーを必要とする、そういう関係です。
信託費用を運用益から賄えることもまた、資産の永続化からすれば大切なことです。実際、信託を例えば、香港に設立するのか、それがイギリス領マン島なのかそれ以外なのか、どのような信託にするかも運用方針と密接に関わってきますから、しっかりとプランニングをしてみましょう。