プライベートバンクにおいては、顧客の海外生命保険の保険料を極めて安いローンで銀行が肩代わりしてくれるプレミアムファイナンスが利用できるため、現金が減らず、かつ高額の保険加入が可能になる。
2020年の香港保険業界はコロナの中でも決して悪くはなかった。その一つの要因に海外生命保険に対するプレミアムファイナンス(保険料ファイナンス)の存在があったともされている。
通常は海外のプライベートバンクを利用する人でなければアクセスできないのが、プレミアムファイナンス、つまり、支払保険料を借入によって補う(レバレッジをかける)手法であるが、この利用範囲が拡大したのである。
実際、「プレミアムファイナンスについてどう思いますか?」と聞かれることも増えた。それくらい営業トークとして一般化したのだろう。正直にいって、プレミアムファイナンスは錬金術に近い面があり、低金利の時代、登場する各業者にとって非常に美味しいビジネスだと言える。クライアントの現金はほとんど減らず(つまり、次のビジネスができる)、かつ保険単独の取引額も大きくなる、ファイナンスをつける方も保険証券であればリスクがほとんどない。業者が儲かる場合にはクライアントが損をしがちであるが、正しく用いればクライアントにとってもメリットのあるものとなり得る。
目次
プレミアムファイナンスとは?
価値を持つものを担保として受け入れ、それに対して貸付を行うことをファイナンス(Finance)というが、一般には不動産でよく見られる。プレミアムファイナンス(Premium Finance)というのは、保険会社が発行する保険証券に価値を認め、第三者が保険料支払いの肩代わりをしてくれる、というものだ。なお、念のためもっと丁寧に説明するなら、プレミアム(Premium)=保険料という意味である。
保険証券の中には支払いを継続すれば保険会社からローンを引き出せる仕組みがあるが、このようなポリシーローンとは異なり、プレミアムファイナンスは一般には保険加入時に借入のアレンジメントをすることになる。例えば、支払保険料が1億円ならば、そのうちの8,000万円は借入、残りの2,000万円を手元の現金で賄う、といった具合だ。もちろん、加入している保険に対してファイナンスをかけることも可能である。
海外特有のファイナンスの仕組み
海外であれば一般的なプレミアムファイナンスであるが、日本では存在しない。それに日本では高額な死亡保障がつく保険に入ろうとしても入ることはできない。保険に対してレバレッジをかける、ということも当然起こらない。
外国生命保険会社の場合、死亡保障は10億円でも100億円でも構わない。ただし、保険証券に対して担保価値を認めるために大切なことは保険会社の格付けが非常に高いことである。プレミアムファイナンスを利用しない人にとってもこのことは客観的に意味のある事実となり得る。
プレミアムファイナンスをあてがわれ得る保険会社は格付けが非常に良く、財務的に健全であることを示唆しているからだ。実際、プレミアムファイナンス適用時の金利は金額的なボリュームだけでなく、保険会社によって異なってくる。
富裕層の相続対策目的
香港には相続税というものがない。ではなぜ保険を通した相続対策が話をされるのかというと、一般には、香港ではなく、より相続税率の高い国で亡くなることを想定してのことだ。もちろん香港で生まれ育ってそして最後を迎える人もいるが、狭い地域ゆえに、外から来てそして外へ出ていく人も多い。より高い税率の国に行ったときのことも視野に入れて保険に入るわけだ。
富裕層であれば、資産が全て金融資産ということは基本的にない。不動産や自社株式など、遺産分割しづらいものもあり、一定の保険加入を通じて、キャッシュを手元に用意できることは望ましい。それには相続税で支払う分も含まれるので、より大きなキャッシュを手にするためにプレミアムファイナンスを通じてレバレッジをかけることが提案されやすいわけだ。もとも支払保険料に対して死亡保障がその数倍、という保険商品に対してさらにレバレッジがかかる。
海外の生命保険は日本で税金を納めなくていいと言われるケースもあるようだが、将来的に日本に帰った場合、日本の税理士に相談すべき事由に明らかに該当する。ローカルな商売、保険の売り切り商売をしていればそこに対する目線は抜け落ちる。香港が税制面でいかに簡素であろうと、香港から出ていくときのことは想定しておかなければならない。
保険に入るのは若い方がいい、とは言われるがこのことは香港でも同じだ。年を取りすぎてから相続対策をするよりも、一定の資産を築いたのであれば40歳くらいからでも相続対策のことは考えるに値する。逆に、60歳を過ぎて現役バリバリだからといって放置しておくと、できることは年々少なくなっていく。保険でレバレッジをかけるにしても、かけないにせよ、保険料が安いときに保険に入るに越したことはない。
高利回り資産運用の提案
「保険をプレミアムファイナンスで買って、10年で解約しましょう!そうすれば高いリターンを得られます。」
そんなセールストークを浴びせられた例が聞こえてきた。予め保険を解約することしか考えていないケースだ。一体どういうことなのか。
もともと香港には保険料が年齢に応じて変わることのない、いわゆる貯蓄性保険が存在するが、その利回りと借入金利の差でもって儲けようということらしい。具体的には次のようなものだ。
始めは、借入以外の部分の保険料(持ち出し①)を保険会社に支払い、その後は借入部分に対する金利(持ち出し②)を毎年金融機関に支払う。保険料のおよそ6割から8割は借入ができる。10年も経てば保険会社からの解約返戻金でもって、借入を返済し、それまでに払った金利をもカバーして余るだけのお金が手に入る、というものだ。年率にして7%近く、つまり、10年では持ち出し分がおよそ2倍になって返ってくるというわけだ。グラフにしてみるとこんな感じだろうか。
プレミアムファイナンスのリスク
肝心な点として、どこまでいっても借入は借入であるということは覚えておく必要がある。保険料が月払いなのであれば苦しくなればワーストシナリオとして支払いを止めることは可能だが、借入金利は借入を続けている限り支払い続けねばならない。
住宅を変動金利のローンを組んで買うときとと同じく、プレミアムファイナンスもまた変動金利であれば、いずれは金利上昇局面がやってきて、金利支払いに苦しむ可能性はある。まして、長期で保有する運命にある保険に対して、長期の金利上昇のリスクを背負うことについては慎重であるべきだと考えられる。
相続対策をメインとしてプレミアムファイナンスを組んだ場合、当然ながら死ぬときまで(Whole of Life)保険と借入が続いていることは想定される。若くして亡くなった場合でも、借入を返済してなお、その数倍の保険金を受け取れる可能性がある。
一方で、資産運用としてプレミアムファイナンスを用いた場合、一定の期間を過ぎるまでは払った金利分だけ損をしてしまう可能性があることには留意が必要だろう。一度ブレークイーブン(損益分岐点)を超えれば、その後は好きなタイミングで解約をすればよいし、一部を引き出しながら金利の支払いにあて、解約返戻金が膨らむのを待つのも可能になる。
お金があってもプレミアムファイナンスを組むべきか
プレミアムファイナンスは、高格付けの保険会社(による保険証券)に対する貸付であるからして、金利は非常に安い。
資金がない状態から借入をするというのであれば慎重であるべきだが、資金があるのであれば、借りて使う方が、手元の資金は残るため、さらに投資先を検討することが可能となる。場合によっては、高い利回りのヘッジファンドを通じた資産運用などとのコンビネーションを勧めてくる業者すらいるだろう。
立ち止まって考えてみて欲しい。「生命保険はあなたとあなたの家族を守る」ことが最も大切なことである。ロジックだけで営業トークに負けて意思決定をするのではなく、家族のことも考えたスマートな意思決定を目指してみてもらいたい。
*借入金利の上昇に伴い、2022年8月以降、プレミアムファイナンスによるメリットは薄くなっています。ご希望であったとしても、検討時には入念なプランニングをさせていただきますので予めご相談ください。