現在の香港はカレンシーボード制により1USD=7.75〜7.85HKDの間に維持される、という独特の通貨管理制度を採用しています。中華圏にありながら米ドルペッグ制を維持していくことについては様々な議論があります。

香港で流通している通貨は“香港ドル(HKD)”

香港は地域としては狭いですが、中国本土で流通する“人民元”とは別に独自の通貨があります。また、香港経由でマカオに入る人も多いと思いますが、マカオも独自の通貨「パタカ」があるので、両方へ観光に訪れる方は両替をどうしようかと迷われる場合も多いかと思います。

通貨とは基本的には域内流通ですから、その地域に行けばその地域の通貨を使用することがベースにはなってきます。ただ、現実には人の往来に対する、通貨の不便さは誰もが意識するところであり、結果として香港では人民元が使えるケースもありますし、マカオで香港ドルを使うことができる場面も多いです。

香港ドル紙幣は民間銀行が発行

香港の場合、発券銀行は、香港渣打銀行(スタンダードチャータード銀行)、中国銀行香港分行(中国銀行)、香港上海匯豊銀行(HSBC)の民間3行になり、20、50、100、500、1000ドル札をそれぞれ発行しています。図面はそれぞれ違いますが、使用上においては全く違いはありません。(銀行の好き嫌いは個人によってはあるかもしれませんが笑)

現状、唯一、10ドル札だけは、香港での中央銀行に相当する、香港金融管理局(HKMA)が発行しています。(ちなみに10ドル硬貨も流通していますので受け取ってもびっくりしないでくださいね。)

日本も新紙幣のデザインを発表したばかりですが、香港も2018〜2020年にかけて順次新デザインの紙幣が流通する計画となっていて、1000ドル札は2018年12月12日から、500ドル札は2019年1月23日から発行開始しました。旧紙幣が使えなくなる訳ではないですが、記念で持っておきたいという場合以外は、一度香港に来て交換しておくのがよいかと思います。高額の紙幣であれば(見たことがないという理由で)受け取りを拒否される日がいつかはくるかもしれません。

私はこれまで世界40カ国以上を旅しましたので、色んな国の通貨を見て、ほぼ通貨マニアと化してますが、民間の銀行が紙幣を発行しているのは珍しいです。どの国も一般には政府紙幣になります。

政府が銀行に対して発券業務の許可を出しているにしても、これだと銀行は勝手に紙幣が印刷できたりしないの?という疑問に答えるのが次に紹介する「カレンシーボード制」です。

香港ドルは変動相場制ではなくカレンシーボード制

一般には、外国為替は変動相場制か固定相場制を採用しています。日本はかつて固定相場制でしたが、1973年のオイルショックを機に変動相場制に変更したのを覚えている人もいるのではないでしょうか。

現在、香港ドルはカレンシーボードという制度下に置かれており、いわゆるドルペッグ制だと認識している人が多いでしょう。為替レートは1US$ = 7.8HK$です。一見固定相場制に見えますが、香港ドルの場合は正確には、linked exchange rate system、いわば連動相場制という言い方をします。

また、厳密な意味では香港には中央銀行はありません。その代わりHKMAが管理を行なうことになっています。先に述べたように、紙幣の発券業務も一部行っていません。ただ、時代とともにHKMAは流動性供給等の機能を備えたので、HKMA自身が市場で果たす機能は中央銀行に限りなく近いものになっているのも事実ではあります。

カレンシーボード制とは、発行する香港ドルに対応する量の米ドルを発券銀行がHKMAに預ける、というものです。したがって、HKMAを通じていかなるときも、1US$ = 7.8HK$で香港ドルを米ドルと交換できますよ、という事実をもって、香港ドルの価値の保証をしているわけです。この点がドルペッグといわれるゆえんです。

価値の安定のためには米ドルの“量”が重要なので、香港ドルと米ドルの金利については必ずしも同じである必要はないのですが、制度設計上、連動させるために、結果として金利は追随する傾向があります。

ただし、例えば、金融政策正常化に向かった米ドルに対し、HKMAは政策金利を上昇させましたが、実は民間銀行レベルでの香港ドル金利はさほど上昇をしなかったことが挙げられます。これには潤沢な流動性が銀行側にあり、住宅ローン等で貸し出そうという意欲が強いことが背景にあると言われています。

米中の貿易摩擦の中で、香港は特権的地位を失ったとされていますが、依然として米国は経済地域としては中国と香港を全く別のものとみなしていますから、米国は香港にとって重要な貿易のパートナーであり、かつ米国経済の影響をもろに受ける存在ではあります。

日本であれば、景気が悪くなったので、通貨をたくさん発行して景気刺激をしよう、といったことが可能ですが、残念ながら現在の香港の制度ではそれが叶いません。つまり、米国の景気が良いにも関わらず、香港の景気が悪いといった状態になることが香港にとって一番苦しいことを意味します。

よくあるドルペッグ制とは異なる?

香港ドルのドルペッグ制は、カレンシーボードを採用しているという点で、他国で見られるドルペッグ制度と(マニアックなレベルですが)少しだけ異なっています。通貨価値の保証の仕方が、かつて見られた金本位制に近く、なんの裏付けもなくペッグさせているわけではないのが特徴です。

例えば、サウジアラビアのドルペッグ制は1US$ = 3.65リヤルの固定相場ですが、この維持には外貨準備を使っています。産油国の場合、外貨準備は原油の輸出により増加するため、原油価格が下落すると、外貨準備が減少し、「固定相場の維持に必要なドルは足りてますか?」と市場から問いかけられることになります。ここでいう外貨準備と、カレンシーボードにおける米ドルは少し位置付けが違うということです。

ドルペッグ制は永遠ではない

日本が通貨制度を過去に変えたことがあるように、香港ドルのドルペッグ制が崩壊するのではという観測は近年も何度かメディアでも話題になりました。その背景はやはり、香港経済の中国依存度の高さにあります。先に触れたとおり、金融政策は米国に追随することが余儀なくされるにも関わらず、実際の景気は中国に左右されますから、米国と中国の景気が逆方向を向くような局面では、香港ドルのドルペッグ制にとっては逆風となります。

通貨管理制度というのは時代とともに変わっていく可能性があるものです。

変わったから損をする可能性があるのか、という点に関しては正直そのときになってみないと分かりませんが、可能な限りスムーズな移行を目指すものですし、契約上の変更が必要であればそれに準じて行うことにはなるでしょう。

将来香港ドルはどういう選択肢があるのか

よく話に出されるのは人民元とのペッグ制です。その国にとって依存度の高い経済に寄る通貨という形をとるのがシンプルだからです。ただ、人民元の国際化という流れは続いているものの、残念ながら人民元そのものが完全な変動相場制をとっておらず、現在は通貨バスケット制です。ちなみに人民元が通貨バスケット制になったのは2005年の話でそれまでは固定相場制でしたので、“実質的に”香港ドルと人民元が固定化されていた時期もありました。

香港ドルは人民元と米ドルの狭間にあって、今が一番難しい時期ですね。今は香港は「高度な自治」が認められていますが、香港が特別行政区でなくなるときがくるとすれば、そもそも人民元を流通させてしまうということが現実味を帯びるかもしれません。なお、特別行政区であることとドルペッグであることは繋がっているわけではありません。今の通貨管理のスタイルが永遠ではないという認識は正しい一方で、香港ドルの未来はどうかという点に関して見通しを立てるには時期尚早であることは言うまでもありません。1997年の返還から50年後の2047年にその変化がやってくるとも誰も言っていないのですから。

近未来はデジタル香港ドル(e-HKD)か

通貨管理制度の未来を語る前に、現実味を帯びるのは中央銀行が発行するデジタル通貨(CBDC)ですね。香港ではデジタル人民元のクロスボーダー決済の実証実験が行われていましたが、いよいよデジタル香港ドルの導入検討にも移ります。デジタル香港ドルは民間銀行が発行するのか、そしてドルペッグを維持しながらのデジタル通貨となるのか、という点が気になるところです。大陸に比べて小さな地域であるだけに、導入が決定されれば普及も一気に進む可能性がありますね。

最後に

色々話しましたが、自由な金融政策が取れるからといって、お金を刷ってもなかなかインフレにならない上、変動相場制なのに、円が安いといってアメリカに言われる日本に比べれば、香港ドルが、基軸通貨である米ドルを裏付けに流通していること自体は、さほど悪くはないことなのかもしれません。

通貨もまた一つの価値をもった「モノ」ですから、価値が変動するということは忘れてはいけません。特に外貨建ての投資をなさる場合は、より高い利回りが得られる可能性があること以上に、為替の変動の影響がプラスにしてもマイナスにしても大きいことは理解しておく必要があります。ちなみに、香港での投資の多くは、香港ドル建てで行う必要はないので、投資において香港ドルのことを気にする必要は必ずしもないですね。

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